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『剣遊記 番外編W』

第四章 たったふたりの大海戦。

     (9)

 すぐに清美と徳力が、腰の鞘から中型剣を引き抜いた。それから得体の知れない怪物となった、球体相手に身構えた。

 

 その球体は、表面が完全にツルツルの、言わば灰色のっぺらぼうのような状態。あれほど無駄に伸ばしていたとしか思えなかった頭髪や無精ヒゲは、いったいどこへ消えたのやら。これもまたひとつの大きな謎なのだが、それ以外にも人のときには存在していた目や耳など、やはりどこにも見当たらなかった。

 

 だけどそれでも、視覚や聴覚は健在らしい。おまけに運動神経もしっかりとあるようで、球体が自分からバンバンと、床の上でのジャンプを繰り返していた。

 

 やがて灰色球体がビューーンと、まるで弾丸のように飛んできた。当然ながら、ふたりに攻撃の矛先を向けたのだ。

 

「危なかっ!」

 

「わわぁーーっ!」

 

 その突撃を、清美と徳力は間一髪! ふたりの間を通すようにしてかわしてやった。

 

 灰色球体はそのまま、うしろの壁にペタンと貼り付いた。完全に円形の、しかも灰色無地の、壁に貼られたタペストリーみたいな感じで。しかし今度はその反動を、逆利用したようだ。壁に貼り付いた円形タペストリーが、真ん中の部分からムクムクと盛り上がり、再び球形に戻ってそこから離れ、ふたりに向かってボーーンと飛んできた。

 

 まさにこれは、生きている砲弾と言うべきか。

 

「まっごあくしゃうつぅ! こん部屋ん中になんもなかっちゅうのは、こんためやったんばいねぇ!」

 

 清美が舌打ちしながら、室内の状況を改めて眺め回した。

 

 これで部屋に家具などがあれば、球体はそれらに邪魔をされ、思うように動きが取れなかったはずなのだ。ましてや部屋のドアに『船長室』なる表示があったこと自体が、すでに罠の始まりだったのかも。

 

「今んして思うたら、あれっち紙にヘタな手書きで書いちょったんばいねぇ☠」

 

「清美さん! あいつん体ば粘土みたいっち思うちょったら、そんだけやなか! まるでゴムでもありますばぁい!」

 

 徳力も灰色球体――もはやゴム粘土灰色球体と呼称すべきか(長い!)――に翻弄されながら、事態を半分冷静、もう半分を狼狽という、相反するような感じで分析してくれた。

 

「そぎゃんたい!」

 

 清美もこれに相槌を打った。確かにゴム粘土灰色球体(やっぱり長いから、次から『灰色球体』で行こう✄)は壁にぶつかるなり、先ほどみたいにいったん平べったく、そこにペタンと付着――かと思えば、再びバネのように弾んで、こちらを狙って飛んでくる。

 

 これもすべて、変形自由自在なホムンクルスの成せる技であろうか。


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