『剣遊記 番外編W』 第四章 たったふたりの大海戦。 (7) 「どぎゃんしました? 清美さん……♋」
あとに続いて引き揚げようとしていた徳力が、とまどいの思いで清美に顔を向けた。
「こん中けぇーーっ!」
その清美がいきなり振り返って猛ダッシュ! 部屋の真ん中に放置されている大型の壺を両手でかかえ、頭上高く持ち上げた。
「わわっ! 清美さん、凄かぁーーっ!」
壺は徳力の素人目で見ても、優に清美の体重以上はありそうなシロモノだった。そんな壺を、清美は重量挙げのようにして、両腕で頭の上まで持ち上げたわけなのだ。無論その次の行動は、壺を一気に部屋の奥の壁まで投げ飛ばすことであった。
「えいやぁーーっ!」
派手な掛け声とともにビューーンと飛んで、ガッシャアアアアアアッッッと壺が、見事に粉々。白い破片が部屋全体に散らばった。ところが問題は、割れ散った壺の中から、これまた完全なる球形をした物体が、コロンと飛び出したことにあった。
「な、なんなんでしょう、あれって……?」
「あたいかて知らんばい!」
徳力と清美はそろって、謎の物体に目を向けた。その球体は全体が灰色で、直径は割れた壺とほぼ同じ。言い方を変えれば、ジャンボカボチャほどの大きさがあると言っても良いだろうか。その巨大球体が床をコロコロと転がるなり、ある地点でピタッと停止。みるみると人のかたちに変貌した。
「わわっ! 玉が人になったぁ!」
徳力はこの変身を、驚きの眼{まなこ}で目撃した。だけど清美のほうは違っていた。
「ふん! 体んかたちば自由に変えられるっちゅうことけぇ! ここの悪党どもは、こがんとつけこむにゃあもんまで飼{こ}うとるっちゅうことばいねぇ☠」
ベテランの戦士である清美は、戦闘の経験が、実に豊富であった。そのため過去にも、今こうして瞳の前にいるような、変身技を得意とする敵(例えば変身魔術が得意な悪の魔術師など)とは、よく戦った猛者なのだ。
この一方で、球体から人のかたちへと変わったモノ――三十代くらいの、それも頭髪はボサボサのフケフケで、無精ヒゲも伸ばし放題である男。そいつがドスを効かせた声音で、自分の前に立つ清美と徳力に問い掛けてきた。
ちなみに体色は灰色ではなく、きちんと東洋人の肌の色になっていた。
「おれが壺ん中に隠れとうっち、なしてわかったとや?」
実はこの男、先ほど大豊場から清美たちの始末を頼まれた、腑阿呂である。無論こいつの名前など、ふたり(清美と徳力)が知っているはずもないのだが。
だけどハナッから気合いの入れ方が違っている清美としては、男の名前など、なんの意味もなかった。
「ぬしはなぁ! あんだけ壺ん中から殺気ばプンプンさせといて、こんあたいがいっちょん気づかんやなんち、本気で思いよったとけぇ! あたいたちば狙うんやったら、気配の隠し方ぐれえ、もっと勉強しとけっちゅうとたい! ついでにやけどなぁ!」
清美の視線の先は、このとき壺から現われた男――腑阿呂の股間に向いていた。
「一応仮にも、あたいは清純なレディーなんやけね! それなんにぬしの大事なモンば隠しもせんと、堂々とおめくみてえに大公開ばしくさってくさぁ! そぎゃんにてめえのモンに自信があるとねぇ!」
文句を延々と並べ立てる清美であったが、それでも男の全身からは、決して目線をズラさなかった。これは彼女の身に沁みついている戦士としての本能が、恥じらいよりも闘争心を優先させている結果であろう。そんな清美を前にして、全裸の男――腑阿呂は、鼻でふふんと、ふたりを小馬鹿にして嘲笑うだけ。
「おあいにくやけどなぁ、それはおしゃっぱ(長崎弁で『お節介』}っちゅうもんばい☻ おれは仕事中はいつかて、こん格好なんばい☻ そん理由ば教えちゃるわぁ♐」
よくはわからないのだが、大した自信家のようである。このとき徳力は清美の右隣りで、身もフタもない嫌味をつぶやいていた。
「偉そうに言{ゆ}うちょりますばってん……要するにただの変態っちゅうことですね☺ ほら、ようおるやなかですか☻ 裸ん上からコート一枚だけば着た親父が『ほら見て☆★』とか言うて、女ん子たちに自分のモンば見せつけて周るっちゅうようなやつ☠☢」
「ぷっ、そうばいねぇ♥♥」
清美も思わずの含み笑い。これが腑阿呂の耳にも入ったようである。
「せ、せからしかっ!」
ここで初めて赤面した顔を、清美と徳力の前に曝し出した。
「なんね、けっこう自覚ばしちょんやねぇ☻」
今度はリベンジで、清美は鼻で嘲笑ってやった。そのついで、すべてをとっくに見切ってやったような、大きな啖呵も切ってみせた。
「ふふん♡ なんか理由っちゅうのがわかったばい☞ つまりさっき見せてくれた、自分のかたちば変えて敵と戦うっちゅうことやろ☛」
「うっ……そ、そんとおりばい☁♋」
これにて腑阿呂のほうが、完全に出鼻をくじかれた格好。それでも殺し屋としての職務を全うする気は、充分のようであった。
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