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『剣遊記 番外編W』

第四章 たったふたりの大海戦。

     (5)

「き、来たばぁーーい!」

 

「喰われるぅーーっ!」

 

「まっごあくしゃうつぅーーっ!」

 

 逃げまどう船員たちを、うしろから追い駆ける清美と徳力。

 

「ぬしらぁ、人ばかつるる(熊本弁で『飢える』)猛獣扱いばしくさってくさぁーーっ!」

 

 などと本当に猛獣のごとく吠えながら、清美はその手に当たるを幸い。

 

「あんぎゃああああああああああっ!」

 

「ぎょええええええええええええっ!」

 

 片っ端からつかんでは投げ、またつかんでは投げして、次々と血祭りの刑に処していった。

 

「き、清美さぁん……とつけむにゃあほどやり過ぎてませんけぇ……?」

 

 あとから短い足で必死に追いすがる相棒のドワーフは、もう気が気ではない心境ぶり。しかし自分たちの乗っていた漁船は、とっくに東シナ海の海の底。この先は清美と一蓮托生するしか、他に道が無かった。それでもけっこう俊足で名を売っている清美のあとを追うことは、徳力にとって、かなりの難行苦行ものであったのだ。

 

 なにしろ本当に、足の短い事情があるので。

 

「これっち明らかに、超過剰防衛行動ってもんですばい♐ なんかあとで、衛兵隊からクレームが出そうな気もするとですけどぉ……☢」

 

「せからしかぁーーっち言いよろうがぁ!」

 

 徳力の精いっぱいの忠告にも、無論清美は聞く耳持たず。

 

「相手はおっこいついた(熊本弁で『ふざけた』)悪の麻薬密輸組織なんばい! だけんここでなんの遠慮が要るっちゅうとやぁ! ついでに日頃の鬱憤{うっぷん}ば、こん場で晴らしてなんが悪いっちゅうとねぇ、ええっ!」

 

 セリフの末尾に堂々とおのれの本音を曝け出し、そのためなのか、清美の進行速度は、さらにその勢いを増していた。それなのに徳力のほうは、実は背中に大きな荷物をかついでいる有様。相棒の女戦士のあとを追うのが、まさしく精いっぱいの有様だった。

 

 また背中の荷物というのは、これが密輸の証拠品。大量の麻薬を革袋に詰めて、それを絶対に手放さないようにしているのだ。

 

「こん証拠だけはなんばしたかて持って帰らんと、清美さんが逆に刑罰の対象になっちまうけねぇ……♋」

 

 ここまで必要性の無い大暴れをしでかした清美を守るための、やはり相棒としての涙ぐましい心遣いなのである。


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