『剣遊記 番外編W』 第四章 たったふたりの大海戦。 (14) 清美と徳力はまだ知らないのだが、ふたりが目指している甲板上には、大豊場と船長たちがいた。
そこで彼らはなにをしているのかと申せば、現在緊急脱出用のボートを用意しようと、残っている者たち総出で、船から下ろす作業の真っ最中でいた。
「で、大豊場様、逃げるんはうったっちゃ(長崎弁で『俺たち』)だけなんですかぁ?」
ボートを下ろす作業を指図している船長が、震えている口調で、大豊場に尋ねた。
これに雇い主である彼も彼で、同じように震えている口調で答えた。
「あ、当ったり前ばってん! もうあがん役立たずどもに用はなか!」
口は震えているのだが、返事は冷酷非情であった。
「ボートに乗ったら、すぐ火薬に火ぃ点けるったい! こがんなったらこん船は清美にくれてやるばってん、あの世で使う三途の川の渡し船としてやねぇ!」
つまり大豊場は、逃走の際の置き土産として、船を爆破。清美もろとも沈める腹積もり。清美と徳力にやられて動けない状態にある船員や用心棒たち――さらには腑阿呂さえも見殺しにする気なのだ。
「わ、わっかりましたぁ♋」
自分だけが助かりたい本音であれば、それは船長も同じ穴の狢{むじな}。
「おい! 導火線ば火ぃ点けぇ!」
「は、は、はい!」
甲板の上には、木製の樽{たる}に詰めた火薬の塊が置いてあり、そこから伸びた導火線が、海面に下ろされたボートまで垂れ下がっていた。でもって、ようやくそのボートに乗り移れた船員が、大豊場から命令されたとおり、導火線の先端にマッチで点火した。
ボシュッと火花を発して、導火線に点いた火がまるで生き物のように、船上へと登っていった。
「ぐははははっ! これでよかぁ☆ 船ばのうなってしもうたばってん、とにかくオレは本城清美ば殺した男やっちゅうて、後世に名が残るけんねぇ♥ そがん名誉さえあったら、高が船の一隻や二席、安かもんばぁい★」
脱出ボートの先端で仁王立ちしている大豊場の高笑いが、周辺の海域――東シナ海全体に響き渡った(ウソ☻)。 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |