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『剣遊記[』

第四章 見よ! 奇跡の大合体。

     (4)

「どげんしてみんな、もっと早ようこれに気づかんかったんけ?」

 

 そう言う自分自身も全然気づいていなかったことは、この際棚上げ。孝治は大した根拠もなしで、偉そうに振る舞ってやった。

 

 現在孝治たちは、裕志と友美の共同による浮遊の魔術で、根子岳を楽な態勢で登山中。

 

 浮遊の術とは早い話。足元の重力を遮断して、風船のように自分自身――もしくは術をかけた物体を、宙に浮かせる魔術である。

 

 しかし慣れないと、これがなかなかむずかしい。ヘタに術の運用を誤れば、それこそ成層圏を飛び越え、宇宙空間にまで飛び出す危険性もあるのだ。

 

 だから今回は裕志が物体を上昇させ、友美が浮かび過ぎを防ぐかたちで抑えの術を使って、速度の調節を行なっていた。

 

 それぞれひとりずつなら空中停止も可能なのだが、安全性はこの方法が、遥かに高かった。ただし、足の下はなにも無い空間なので、それこそ高所恐怖症の人には、あまり薦められない方法であろう。

 

 さらに途中で崖の中腹にいた三枝子も拾って、(少なくとも)よじ登るよりはマシなスピードで上昇した。

 

「こりゃええんやなか♡ いざってときに備えて、体力ば温存するにもバッチシやしねぇ✌」

 

 現金なもので、散々悪態を吐いていた清美も、楽に登れれば、それに越したことはないようだ。

 

なにしろ山登りは、とにかく想像以上に疲労が蓄積するもの。清美はさっきまでの言いたい放題をケロッと忘れたかのように、ノンビリと魔術の恩恵に授かっていた。おかげで裕志も、これ以上の罵詈雑言を浴びせられることもなく、逆に面目躍如の機会を与えられたわけである。

 

 孝治は魔術で宙を上昇している自分を実感しながら、小声でそっとささやいた。

 

「荒生田先輩、今回すっごく上手な援護射撃やったばいねぇ☺」

 

『そうっちゃねぇ〜〜☆ あたし、あん人んことば、ちっとだけ見直しちゃったけね♥』

 

 涼子が孝治にささやき返したとおり、荒生田は後輩の危機を救ったわけなのだ。

 

 いつも無茶を強要されながらも、裕志が荒生田を慕う理由。それは案外、このような助け舟が、けっこう頻繁にあるからなのかもしれない。

 

「ただ問題なんは、こげなカッコよさが長続きばせんっちことなんよねぇ〜〜☻」

 

 孝治のおまけのひと言は、誰にも――友美と涼子にも聞こえないほどの小さな声に抑えていた。


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