『剣遊記[』 第四章 見よ! 奇跡の大合体。 (23) 『あら?』
そのためなのだろうか。空の彼方から、なにかが飛んでくる様子に気がついたのも、やはり涼子が一番最初となった。すぐに孝治の右耳へ、大きめの声(孝治と友美にしか聞こえないから、これでいいのだ)でささやきかけた。
『ねえ! ちょっとあれば見てん!』
孝治は面倒臭げに顔を向けた。
「なんねぇ、人がこげん悲しいときっちゃにぃ……☂」
『空からなんか飛んで来よっと!』
「うわっち?」
『ほらぁ、あそこっちゃよ☝』
涼子が右手で指差した先を、孝治もいっしょになって見つめてみた。ところが孝治には、なにも見えなかった。
「なんも無かばい☹」
『えっ?』
これにはむしろ、涼子のほうが、瞳が点となっていた。それから涼子は、友美にも同じように訴えてみた。けれどやはり、結果は同じだった。
「なんもなかっちゃけど?」
どうやら空からの異変は、幽霊だけにしか見えないようだ。
『これっていったい……どげんなっとうと?』
仕方がないので涼子は、自分ひとりだけで空を見つめ続けた。この間にも空の一点は、だんだんとかたちを作っていった。
『?』
その物体――なんだか光っているモノがさらに接近してくると、輝きがかたちを整えて、左右に大きな翼を広げた鳥の姿へと変化した。それはまさに、涼子の記憶に、鮮やかに刻み込まれているモノだった。
『ええっ! フェニックスぅっ!』
「うわっち! ほんなこつぅ!」
「また来たとぉ!」
涼子の声が聞こえる孝治と友美だけが、驚いて振り返った。しかし相変わらず、ふたりにはなにも見えなかった。
「なんね、やっぱなんもおらんやない♋」
「そうっちゃよ♨ いい加減にしてほしかばいねぇ☹ フェニックスが消えるところば、わたしかてちゃんと見たんやけね☢」
ぶつくさと文句を垂れながら、孝治と友美は元の哀悼姿勢に戻った。その際ふたりは、突然奇声を上げた孝治と友美を不思議がっている荒生田たちに、一生懸命の弁解を行なわなければならなかった。
『ご、ごめんなさいね!』
涼子は両手のシワとシワを合わせて、孝治と友美に謝った。それでも涼子の瞳そのものは、やはりフェニックスに釘付けのままとなっていた。しかも今度現われたフェニックスは、最初に見た個体と比べて、大きさがまるで違っていたのだ。
『な……なして、あげん小そうなっちゃったんやろっか?』
再出現をしたフェニックスが、小型化しているのも変だった。その大きさを具体的に表現すれば、ふつうに飼われているニワトリ(名古屋コーチンくらい)と、ほとんど変わらないようにしか見えなかった。それと同時に、やはり自分(幽霊)だけにしか見えない現象のほうも、涼子にはさっぱり理解ができないでいた。
『さっきまでのフェニックスとは……やっぱどっか……違うっちゃろっかぁ?』
そんな疑問満載のフェニックスが、小首を左に傾げている涼子の右脇をすり抜けた。涼子を完全に無視しているようなので、今度の小型フェニックスも、幽霊の姿は見えていないらしい。そのまま横たわる三枝子の体へ、一直線にすっと乗り移った。
これら一連の超常現象の目撃者も、とうとう涼子(彼女自身も超常現象であるが)ひとりだけとなっていた。
涼子は空中に浮かんで両腕を組み、たった今瞳の前で起こった不思議な出来事の意味を、深く考えようとした。
『三枝子さんの体に……あたし以外にはよう見えんフェニックスが憑依ばした……どげんこと? ますますあたし、わからんようになったっちゃばい!』
しかしけっきょく、定番の癇癪を引き起こすばかり。自分自身を納得させるような解答は、一向に出てこなかった。
『こげんなったらもう、あとは成り行きに任せるしかなかっちゃね☠☢』
ついでに孝治と友美の手前もあり、涼子はしばらく黙っておくように、自分自身で心掛けておいた。 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |