『剣遊記[』 第四章 見よ! 奇跡の大合体。 (19) それはそうとして、自分が生きているとさえわかれば、このような空間に長居は無用。ここは一刻も早く元に戻って、清美たちを安心させたい。そんな気持ちが、三枝子の中で先走った。
(それじゃフェニックスさん、お願いします! あたしば阿蘇に戻してください! みんなが心配しようやろうし、それにあたしには病気の母が待っちょりますけ!)
そこまで一気にまくし立て、さらに本来の目的も思い出す。
(それと……これはほんなこつ嘘やのうてほんまのことなんです! お母さんの病気ば治すために、あなたの血ばほんの少しでけっこうなんで、あたしに分けてください!)
『わかりました☆ すべて、あーたのお望みどおりにいたしますばい✌』
(えっ?)
再びの拒絶を、心の片隅で覚悟していた三枝子であった。ところがそんな三枝子に向けて、フェニックスが長い首を下げて頭{こうべ}を垂れ、実に色好い返事を戻してくれた。
このあまりの気前良さ。逆に三枝子のほうが、思いっきりの拍子抜け気分となった。
(……な、なんか……さっきと態度がいっちょん違う気がするとですけどぉ……それやったら今までの苦労は、いったいなんやったんやろ?)
失礼を承知で問いかける三枝子に、フェニックスが首を上げて答えた。
『あーたはうちの心変わりを、ひちゃかちゃ変に感じとうみたいですね☺ ばってんそん理由ば申せば、うちの血は昔から、不治の病に効果のある万病の特効薬として、たいぎゃ多くん人たちが求めておりましたとばい☛』
これはどうも、話が長くなりそうな雲行き。三枝子は腰を下ろして、じっくりとフェニックスの話に聞き入るようにした――とは言っても、ここはなにもない宇宙空間(正しくはフェニックスの精神世界)である。三枝子は足元にはなにもない真の宙とも言える場所で、正座の姿勢を取っているだけ。
しつこいけど、真っ裸の格好で。
『もちろん善意の医師や、やむを得ない事情で血ば求める人には、無償で譲っておりましたと☺ しかし、時代が新しゅうなればなるほどに邪心ば持つ人が増えて、金儲けだけが目的で、うちば狩ろうとする者が出だしたとです☹ 恐らくこぎゃんな悪い意味のわさもんどもは、うちば独占しようっち思うたとでしょう☢ それ以来、うちは人への信頼ばのうなしてもうて、阿蘇の山中にこもりましたとです☂』
三枝子は大きくうなずいた。
(ふぅ〜ん、そげなやおないときに、あたしたちが来てしもうたわけばいねぇ♠ それならどげんして、あたしば助けてくれたとですか?)
『そん理由は……単純っち言われそうなんですが、あーたの、自分の命ば捨ててでも、仲間ば絶対に助けたいっちゅう勇気☀ そしてもうひとつが、小さな鷲のヒナの命さえも慈しむ心☺ うちが長い人間不信に間になくしかけとったモンば、あーたのおかげで取り戻すことができたとです☞ やけんこれは、そのほんのお礼の一部にしか過ぎましぇん☺』
(……なんか話がピンとせんばってん……とにかくそげんやったとですかぁ☆ やったらあたしば、一刻も早よう帰してくれませんか? みんなが心配しようっち思いますけ☜)
三枝子は清美たちが今、なにをしているのかを憂慮していた。恐らくは今ごろ、崖の下に落ちた魂のない体を捜して、清美たちが山中を必死にさまよっていることだろう。そんな風で仲間に苦労をさせている状況を考えると、自分自身はこうして無事(?)でいるのにノンビリしていては、なんだかすごく悪いような気がしてくる。
また、そこのところの三枝子の心情は、フェニックスにもわかっているようだった。
『承知しました☆ すぐにこの精神世界ば開放して、あーたば元ん体に戻して差し上げます♐ ただし、ひとつだけ問題があるとです♋』
(ひとつ問題? 嫌やなぁ……なんですか、それは?)
この期に及んで、まだ言葉を出し渋っているようなフェニックスの態度に、三枝子は眉間にシワが寄るような気になってきた。 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |