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『剣遊記[』

第四章 見よ! 奇跡の大合体。

     (17)

(あたし……死んだとやろっかぁ……?)

 

 意識が覚醒を果たしたとき、三枝子はいの一番、そのように考えた。

 

(死ぬって……思うとったより苦しくないとやねぇ☺ 痛いっちゅうこともなかやし……でも、けっきょくフェニックスの血は採れんかったばいねぇ……お母さん、ごめんなさい☹)

 

『あーたは死んでなどなかですけ☺ ただ少しん間だけ、仮死の状態にあるだけなんです☝』

 

(ええっ!)

 

 そこへいきなり、耳に――いや、頭に飛び込んだ熊本弁での声音。それはつい今しがた聞いたような気がするもの――人外の声だった。

 

 とにかく突然の声で、三枝子の意識は、完全に冴え渡った。おまけで、もう二度と開かないと思っていたまぶたを、なかば強引でパッチリと見開いた。

 

(な、なんやろっか、これってぇ!)

 

 三枝子はそのように叫んだつもりだった。しかしまったく、声となってノドから出ていなかった。それもなんだかしゃべれないと言う表現よりも、まさに気持ちが空回りをしている――そんな感じがした。

 

 いや、それよりも今は、眼前に広がる光景のほうこそ、さらに大きな問題となっていた。

 

(な、なに、これ……宇宙?)

 

 三枝子の眼前――もとい空間そのものが、広大な暗黒となっており、無数の星々が光り輝いていた。

 

 その中に見覚えのある星座(北斗七星カシオペア座オリオン座などなど)もあれば、しっかりと天の川もあったりする(つまり季節がごっちゃ😅)。

 

 三枝子はそんな宇宙の無重力空間に、たったひとりで、ポツンと浮かんでいたのだ。しかも、なにひとつ身に付けていない、一糸もまとわぬ格好で。

 

(やだぁっ! あたし、裸ぁ?)

 

 気がつけば、どうやら自分は、直立不動の体勢。すぐに身を丸め、宇宙空間のド真ん中で、体操座りに似た格好。体の大事な部分を隠す姿勢となった。

 

 もちろん三枝子の足の下には、実際になにもなかった。そもそも宇宙空間では、上下も前後も左右も――つまり方向そのものが、まったくの無意味なのだ。

 

 また、見回すまでもなく、自分以外に人の姿はどこにもなかった。だけどそれでも、三枝子は恥ずかしかった。なぜなら星の光のすべてが、なんだか人の目のように感じられて仕方がないからだ。

 

(やっぱし、あたし、死んじょるばいね☠ 空気がいっちょもなか宇宙でいっちょも苦しくなかとやけ☢ でも、人が死んだら天国に行くっち思いよったとに……まさか宇宙に放り出されるなんち、これかていっちょも知らんかったばいねぇ✍)

 

『違うとです! ここは天国でも宇宙でもなかとです✄ それにあーたは死んどらんと✐ 今見えとう光景は、うちの精神の風景やけん✑✒』

 

(またおんなじ、熊本弁の声ばい!)

 

 再び響いた女性の声に、三枝子は体操座りの姿勢から頭を上げた。すると今度は声だけでなく、視界の先から光の塊らしきモノが見えてきた。それも冷たい星の光ではなく、どこか温かみのある、例えれば太陽のような明かりであった。

 

 その明かりが、しだいに自分の元へと接近。それにつれてだんだんと、かたちも整えていった。

 

 翼を大きく左右に広げた、まごうことなき鳥の姿へと。

 

(フェニックスっ!)

 

 まさに黄金色の翼は、三枝子の記憶に、鮮やかなる印象で焼き付いていた。しかしただひとつ、違う点があった。それはフェニックスが巨大ではなく、三枝子と等身大になっていたのだ。

 

(……フェニックスがどげんして、こげなとこにおると?)

 

 この際、サイズに関する疑問は後回し。それよりも今は、自分とフェニックスが同じ宇宙空間に存在しているほうが、大きな問題となっていた。

 

 そんな疑問満載である三枝子の前で、鳥らしかった輪郭が、やがてはっきりとかたちを成してきた。それから巨大だった姿をそのまま縮小したような小型のフェニックスが、三枝子の真ん前へと到達。光り輝く翼を丁寧に折り畳んだ。

 

 それも阿蘇で遭遇したときとは異なり、フェニックスの瞳からは猛々しさがまったく消え失せ、逆に優しい慈愛の光に満ちあふれていた。

 

 そんな先ほどとは別人――もとい別鳥(?)としか思えないフェニックスのほうから、まっすぐ三枝子に話しかけてきた。

 

『大変驚かしてしもうて、ほんなこつすみましぇん☁ そして、あーたば死の危険におとしいれてしもうたこつ、心より深くお詫びいたします☹』

 

 フェニックスの声は、くちばしから発せられているわけではなかった。これも阿蘇のときと同じで、直接脳に伝わっているのだ。


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