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『剣遊記[』

第四章 見よ! 奇跡の大合体。

     (15)

 清美は宙吊り状態でいる三枝子を、なんとかして引き上げようと悪戦苦闘していた。しかし足場が火山灰の堆積地なのでとても脆{もろ}く、なかなか思うよう手に力が込められない様子でもあった。だからここはどうしても、男たちの助力が必要な場面となっていた。

 

「トクぅーーっ! 早よこっちば来んねぇーーっ!」

 

「は、はい!」

 

 清美から呼ばれて徳力が、やはり腹ばい態勢のまま、不格好な匍匐{ほふく}前進で現場に向かった。また荒生田と裕志、無論孝治も、慣れなくてヘタクソな匍匐前進で、清美の元へ急ごうとした。それというのも全員が、フェニックスが巻き起こす暴風に行く手を阻まれ、立ち上がる行動すらままならないからだ。

 

「駄目ぇ! もう手ば離してぇ!」

 

 宙吊りの三枝子が、清美に叫んだ。清美も負けず――ではないが、とにかく叫び返した。

 

「馬鹿ぁ! なんば言いよっとねぇ!」

 

「こんまんまやったら、あなたまで落ちてしまうけぇ! あなたば巻き添えなんち、しとうないとぉ!」

 

「そげなん関係なかぁ! あたば死んだら、誰がお袋さんば助けるとやぁ!」

 

 三枝子は清美を巻き添えにしとうなか――の一心なのだろう。しかし清美も、必死中の必死である。そもそも自己犠牲の発想など、清美がこの世でいっちゃん好かんばい――といつも言っている、まさに偽善そのものなのだ。

 

 たとえ世界がひとりの死で救われたとしても、あとに残った者には、飛びっきりの悔いの気持ちしか生じないではないか。

 

「あたいらみんな生きて……やなか! 元気たっぷりで阿蘇から下りるんばい! そしてあたんのお袋さんに、フェニックスの血ば飲んでもらうんやろうがぁ!」

 

 清美の悲痛な叫びが続いた。だけど三枝子は微笑みを返しながらで、静かに頭を横に振るだけだった。

 

「あたしはもう駄目……やけんあたしん代わりに、あなたがフェニックスの血ば手に入れて……未来亭で書いちょう記帳ば見れば、あたしの村の住所があるけ……それと……」

 

「せからしかぁーーっ! あたん頼みなんか聞きとうなかぁーーっ!」

 

 もはや慟哭に近い清美の絶叫にも、三枝子は耳を貸さなかった。三枝子は肩にかけている小物袋を、恐らくわずかに残っているであろう余力を使って、左手でつかみ上げた。

 

「こん中のヒナたちも助けてほしかと☀ あたしの巻き添えで死なすわけにはいかんけ☺」

 

 それからさらに、力の限りを振り絞るようにして、袋を自分の頭の上まで持ち上げた。

 

 何度も繰り返されたショックのせいだろうか。袋の中で二羽のひなワシが、悲鳴のような鳴き声を上げていた。

 

 ぴいっ ぴいっ

 

「トクぅーーっ! 早よ来んねぇーーっ!」

 

 それでもヒナの鳴き声など、清美は耳に入れない感じ。それよりも、自分の子分にがなり立てるほうが先決だった。

 

「は、はい! わかっちょります! わかっちょりますばってんがぁ……♋」

 

 しかし徳力も、自分の頭上を何度も旋回するフェニックスの猛威のため、立ち上がることすら、いまだにままならない有様。そんな清美と徳力の状況など、三枝子はこの際待ってなどいなかった。

 

「頼むばぁーーい!」

 

 持ち上げていた袋を崖の上に放り投げ、三枝子が叫んだ。同時に自分の右手を握っている清美の手を、思いっきりバシッと左手で叩いた。

 

「ば、ばっきゃろぉーーっ!」

 

 清美がさらに悲痛な叫び声を上げ、三枝子の体が宙に浮いた。

 

 三枝子が力を込めて握っていた清美の手を、無理矢理に離させたのだ。これと同時に袋の口が開き、中にいるひなワシたちが、前にも増して大きく鳴き叫んだ。

 

 ぴいっ ぴいっ ぴいっ ぴいっ


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