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『剣遊記超現代編T』

第三章 愛(?)と野望(?)の協奏曲{コンチェルト}。

     (1)

 孝治が四人の美女(?)に分裂をして、早くも三ヶ月が経過した。その間、慣れない女性生活で大いに慌てふためきとまどいつつも、漫画家稼業自体は、すこぶる順調に連載活動を続けていた。

 

 でもって本日、週刊少年ビクトリーがめでたくも発行部数五百万部を突破。都内の某一流ホテルにて、記念パーティーが開催された。

 

 無論、連載漫画『ハプニング&パラダイス』も十週の壁を無事に乗り越え、現在快調にヒットを飛ばしていた。そこで当然ながら、鞘ヶ谷孝治こと――孝江、孝乃、治花、治代の四人も、パーティーにそろって参加をしていた。

 

 恒例だけど、いつもの名札付きでもって。実際に名札無しでは、誰も四人の区別ができないのだから仕方がない。ちなみに四人の服装は、友美と涼子のTPOによるやや派手系な外出着で統一していた。もちろん女の子がふつうにする格好である。

くわしい描写は、読書の想像にお任せする(ファッション表現って、けっこう面倒だから)。

 

 その件は置いて、会場は早くも盛り上がった雰囲気であり、ビクトリーの連載漫画家陣が、全員顔をそろえていた。その上座の檀上では、今から未来出版の社長であり、また少年ビクトリーの責任編集長も兼任している黒崎健二{くろさき けんじ}氏の挨拶が始める場面であった。

 

 会場にはホテルと提携をしているプロのヴァイオリニストもいて、パーティーの始まりのときから元孝治たち四人と涼子も知らないような、華麗な感じのヴァイオリンによる協奏曲{コンチェルト}が演奏されていた。

 

「皆さん、本日はお日柄も良く、きょうという日をめでたく迎えることができまして、真にもって記念する日だがね。思えば未来出版初の少年誌として発刊以来、五年の歳月をかけて、どうぞこうぞで念願だったこんにちの発行部数五百万部達成は、皆さん方の努力と健闘の賜物{たまもの}であり、あやすい日々ではなく、おうじょうこくほどの艱難辛苦{かんなんしんく}であったぎゃあ。本日はこれ、無礼講にてみんなで盛大に祝うがねぇ」

 

 出版社とは言え、社長自らが社内の一部門である少年誌の編集長も兼任しているのだから、黒崎としても少年ビクトリーに並々ならぬ力を入れているのだろう。その意気込みは全漫画家たちの胸に、ひしひしと伝わっているようだ。

 

「黒崎社長って、断固として出身地の名古屋弁で、日常会話もきょうみたいな祝いのスピーチも通し続けるっちゃねぇ☻」

 

 しかし乾杯のコーラ(コップ入り)を右手に持った孝江は、黒崎社長兼編集長の檀上挨拶を、やや冷め気味の気分で見つめていた。

 

「まっ、それば言うたらあたしたちかて、九州弁ば断固貫きようけどね☻✌」

 

 同じテーブルでは妹の涼子が、パーティーでのバイキング料理に舌鼓を打っていた。会場には元孝治たち四人ばかりではなく、妹の涼子と四人のアシスタントの面々(砂津、枝光、和布刈、井堀)も顔をそろえていた。もっとも、どの漫画家も自分のスタジオのメンバーを引き連れているので、一流ホテルとはいえ館内の大広間は人、人、人で、完全に満杯の状況でもあった。

 

 そんな会場の四箇所に、なぜか黒山の人だかりができていた。いずれもひとりの女性を真ん中に置いて、大勢の男たちが集まっている構図であった。

 

 少年ビクトリーはその名のとおりの少年誌なので、元孝治たち四人以外は皆、男性漫画家で占められていた。だからヤローばかりの面々の中、女性漫画家の存在はまさに、狼🐺の群れの中をさまよう、四頭のか弱い子羊と言ったところか。

 

 さらに言えば、世界的にも珍しいと思われる、四つ子の美人(?)姉妹である。まさに話題性は充分以上となっているのだ。

 

 当然ながら黒崎について論じた孝江と涼子の周りも四箇所のひとつであり、同じビクトリーで連載漫画を描いている漫画家や、そのアシスタントたちが集結していた。

 

「本当によく似てる姉妹だよなぁ

 

 たった今孝江に声をかけてくれた者は、発刊当初からの連載漫画を描き続けている、大ベテランの帆柱正晃{ほばしら まさあき}氏。彼の硬派学園漫画に孝治は憧れて、自らも初めは硬派風な作品を描いたのである。

 

 その憧れの大先輩から声をかけられた僥倖により、孝江は一瞬にして緊張の極致。体が棒のように硬直化した。

 

「は、はい! 帆柱先生の漫画は、おれ……じゃないあたしが高校の一年のときからのファンでした! こげんして同じ本で同じ漫画ば描けるなんち、あたしは世界一の幸せもんです!♋」

 

 ここで帆柱が豪快に笑った。

 

「ははっ そんなに固くならんでいいよ☻ 社長も言ったとおり、今夜は無礼講なんだから、もっと気を楽に、リラックスして楽しめばいいさ 君……じゃない君たちかな☀ 『ハプニング&パラダイス』もこの先の展開を、とても楽しみにしてるからね

 

「は、はい! そげんします! あ、ありがとうございます!」

 

 けっきょくリラックスのできない孝江であった。そのためお礼の挨拶も、体を直角に曲げたペコペコバッタ方式になっていた。

 

 ここでいったん帆柱が席から離れたあとも、次から次へと他の漫画家やアシスタントたちが、興味しんしんで孝江に矢継早な声掛けを繰り返してきた。これもみんながみんな、美人の四つ子姉妹の漫画家に、凄い関心を抱いている証明であろう。孝江自身は緊張とにわか愛想笑いの繰り返しで、早くも心身は疲労の段階となっていた。もっともこの状況は他の三人(孝乃、治花、治代)も、まったく同じと言えるのだが。


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