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『剣遊記Z』

第一章  珍客万来。

     (8)

「師匠、あの絵描きのおっさん、まだついて来よるで☛」

 

「そのようでんなぁ☹」

 

 返事こそ戻したものの、美奈子は千秋のように、うしろを振り返らなかった。その理由は美奈子、千秋、千夏――さらに荷物運び役であるユニコーンとの合いの子ロバ(しかも角付き)――トラの後方を、自称の放浪画家こと中原隆博{なかばる たかひろ}が、きのうからずっと同行していたからであった。

 

 それも勝手に。

 

 中原への占いを終えたあと、三人は早々にテントを畳み、北九州市への帰路に着いていた。これ以上占いを続けても、碌なことにならないと考えたものだから。

 

 ふつう、博多市から北九州市までは、徒歩で一日分の距離があった。しかし女性の足では必ず、一泊の宿泊が必要である。ところが美奈子からの御託を真に受けてしまったらしい中原が、三人とロバのあとを付かず離れずして、しつこく追ってくるのだ。そのおかげで美奈子たちは、休憩なしの強行軍を強いられる破目となっていた。

 

 おまけにひと晩中、歩きどおし。ほとんど寝る暇がなかったほど。

 

 実際、なにをあせっているのかは知らないが、中原は美奈子にとことん付きまとう気になっているようだ。それもほとんど、ストーカーの様相で。

 

 なんでも話によると、中原はきのう、昼過ぎまで宿屋で寝ていたらしい。そのためその日に会話を交わした女子――女性は、美奈子が初めてだったと言う。さらに美奈子が帰ろうとしている北九州市の位置が博多市の北西に当たるとあっては、これはもはや、説明するには及ばずであろう。

 

 なお、千秋はこの間、楽しそうに鼻歌を交えながら、トラの手綱をスキップの歩調で引いていた。

 

 呑気な女の子だこと。


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