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『剣遊記Z』

第一章  珍客万来。

     (5)

「ああっ! お客様さんですうぅぅぅ♡」

 

 千夏が高い声で反応。やる気喪失寸前だったところへの急な来客であったので、美奈子もたちまちに血相を変えた。

 

「は、はいっ! やっておりますえ! 千秋っ! すぐに中に入れはってぇなぁ! 絶対に逃がしたりされたらあかんさかい! さいならされんようするんやでぇ!」

 

「はいな! 師匠っ!」

 

 美奈子の甲高い声に応えて、千秋がテントの入り口の幕を開いた。そこには紫のベレー帽をかぶった男性が、逆にテントの中を覗き込む格好でいた。

 

「ど、どうぞ中へ入っておくんなまし♡」

 

「あ、ああ……☁」

 

 美奈子はすぐに営業スマイルとなって、ベレー帽の男性を、テントの中へ招き入れた。その背後では千秋が、せっかく入った客を逃がしてたまるかい――とばかり、テントの入り口を大急ぎでふさいでいた。

 

 現在は昼間であるし、中には魔術の灯火が光っているので、完全に閉め切っても、明るさに差し支えはなかった。

 

 美奈子の瞳で見たところによる男性の年齢は、およそ三十代後半といった感じか。右腕にはたぶんパレットと思われる折り畳み式の小道具を小脇にかかえ、上着のポケットには左右ともに、何本もの画筆が用意されていた。また、着ている白い上着そのものが、様々な色の絵の具で汚れまくっていた。

 

 つまりひと目見て誰もがすぐにピンとくる、その風采。美奈子はズバリと言ってやった。

 

「あなたはんは……画家でおりますんでっしゃろ✌」

 

 男性が答えた。

 

「ようわかったもんばいねぇ◎ さすがは占い師ばい☆」

 

(なんや、けったいなお人やなぁ〜〜☻)

 

 これこそ美奈子が、男性を拝見して頭に思い浮かんだ第一印象。それはとにかく、曲がりなりにも本日第一号のお客様である。

 

「ま、まあ、よういらはりましたなぁ♡ どうぞお座りになっておくんなまし♡」

 

 獲物を逃がしてなるものかと、美奈子は早速で着席をうながした。もっとも客用の席は、地べたに直接赤い毛布を敷いて、同じ赤色の座布団を置いただけ。極めて安上がりな席であったけど。

 

「あ、ああ……よろしゅう頼むばい♋」

 

 少々おどおど気味ながらも、画家が言われたとおりに腰を下ろした。これで美奈子と相談者が向かい合い、面談を行なう形式となる。

 

 なお、本日美奈子たちが用意している占い設備一式は、すべて地元博多市のギルドから借用した物品。だからあまり、凝った装飾は施されていなかった。おまけに外見も地味な黒一色なので、これらも朝から客がひとりも来なかった原因のひとつなのかもしれない。

 

 こんな有様であるからして、たとえひとりでも初めてのお客様は、それこそまさに神様そのものだった。


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