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『剣遊記Z』

第一章  珍客万来。

     (4)

 博多県の県都博多市の中心部に、大濠公園という名称の行楽地がある。

 

 そこは市民の憩いの場であり、いつも多くの人たちでにぎわっている。

 

 その大濠公園の片隅で、大型の円すい形黒色テントを建てて、魔術師の天籟寺美奈子と弟子である双子姉妹――高塔千秋{たかとう ちあき}、千夏{ちなつ}の三人が、『占いの小部屋』なるものを開業していた――のだが、店は朝から閑古鳥。客はひとりも訪れる様子がなかった。

 

「美奈子ちゃぁぁぁん……お暇さんですうぅぅぅ……☁」

 

 双子の高塔姉妹の下のほう――千夏が、大きなあくびとため息を混ぜ合わせてつぶやいた。しかし姉のほうである千秋は、まだまだ強気でいるように見えていた。

 

「まあ、一日{いちんち}は長いんや☹ もうちょい待とうやないか✈」

 

 それでも両方の瞳は、しっかりトロンとしていた。

 

さらに肝心の美奈子であった。

 

「ほんま、暇どすなぁ……☃」

 

 これが見事、千夏のほうにシンクロしている有様。双子の妹のほうと同じように、あくびとため息を混ぜ合わせた口振りで応えるほどであるから。

 

 三人は東北地方の青森県で、可奈から隠していたお宝を取り上げたあと、彼女も連れて、本拠地にしている北九州市へ舞い戻っていた。

 

 だが美奈子はこの成果に、まったく満足をしていなかった。その理由は可奈の隠していたお宝とやらが、故買屋で大した値段が付かなかったからだ。

 

 しかも現在のところ、美奈子にお呼びのかかる仕事依頼も全然なし。そこでどうせ暇なら小遣い稼ぎと、三人は足を伸ばし、博多市まで遠征をしていた。だけどその努力さえも、なんだか徒労に終わりそうな雲行きであった。

 

「師匠……もう帰りまっか?」

 

 三人の中で最も長い粘りを見せていた千秋も、そろそろ潮時とみたようだ。

 

円すい形のテントの中には、美奈子が中央に小さな長方形のテーブルを置いて、そこで客を迎え入れる格好。その右横に座っている千秋からうながされ(ついでに千夏は左側)、美奈子は小さくうなずいた。

 

「……そやなぁ〜〜♐」

 

 とにかく早朝から『占い』を始めて昼過ぎになっても、ひとりの来客もなし。こうなれば、ここはもう見込みなし――と判断せざるをえないだろう。

 

「帰りまっか✈」

 

 ようやく決断ができたところで、美奈子が占いの席から、よっこらしょっと立ち上がった。いつものパターンで、こんなときだった。

 

「ここ、やっとうとや?」

 

 営業開始から初めて、テントの外から、男性の声が聞こえてきた。


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