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『剣遊記Z』

第一章  珍客万来。

     (24)

 ようやく美奈子と千夏から解放され――それでも涼子がついて来ているけど――孝治と友美は執務室を訪れた。

 

「失礼しまぁ〜〜っす☀」

 

 部屋の中には黒崎ともうひとり――初お目見えの少年がいた(秘書の勝美は、別の用件で外出中だという)。

 

「ふたりとも、待っとったがや」

 

 黒崎がまずはふたりに、ソファーへの着席を勧めてくれた。

 

「は、はい……☁」

 

 やや意表を突かれたような気持ちで、孝治はソファーに腰を下ろした。ふと見れば、友美も半分緊張しているような面持ち。例外は、少年を間近で眺めている涼子くらいなものか。だから孝治も、少年に瞳を向けてみた。少年は黒崎と同じ紺色の背広姿で、青いネクタイを着用していた。黒崎の赤とは対照的に。

 

 ちょっと見にはまるで、黒崎の縮小版ともいえた。

 

髪型も右の七・三分けであるし。だけど顔がまったく似ていないので、血縁関係はなさそうに見えた。

 

『もしかして店長の隠し子やろっか?』

 

「うわっち! しぃーーっ!」

 

 ソファーの所まで戻ってきた涼子の、からかい的なつぶやき。しかも孝治の考えとは正反対。孝治は冷や汗の思いで、口元に右手の人差し指を立てた。

 

 どうせ黒崎と少年には聞こえないのだから、幽霊の声など、ほっておいてもよかったはず。だけどもやっぱり、黙ってはいられなかったのだ。

 

 それは置いて、孝治は黒崎に尋ねてみた。

 

「店長……そん人、誰なんですか?」

 

 すると黒崎が、口の端に微かな笑みを浮かべた感じで答えてくれた。

 

「いや、他でもないんだが、僕の知人の親戚みたいなもんで、この世界の風俗や習慣なんかを調べたいと希望しとるんで、僕が預かったんだがや。特に冒険関係の仕事を教わりたいらしいから、孝治、それと友美君、君たちのお伴にしばらく付き合わせてほしいんだがね」

 

「こん世界ですけぇ?」

 

 孝治は考えた。黒崎の親戚うんぬんなどは、この際どうでもよかった。実際、この前も店長の従妹が突然現われたばかりでもあるし。しかし、その妙な紹介方法が、とても気に懸かるところ。

 

 早い話。まるで自分たちが住んでいる世界とは、まったく別の世界から訪問してきたような感じさえする。

 

「それでは徹哉{てつや}君、自己紹介をしたまえ」

 

「ハ、ハイ、ナンダナ」

 

 黒崎からうながされ、徹哉という名の少年が、孝治と友美(と、おまけで涼子)の前で、深々と頭を下げて名前を言った。

 

「ハ、初メマシテ……ナンダナ。ボ、ボ、ボクノ名前ハ夜越徹哉{よごえ てつや}ト言ウンダナ。ヘ、兵隊サンノ位{クライ}デ言ッタラ、キット二等兵ナンダナ。コ、孝治サンダッタラ、イ、イッタイドノクライナノカナ? モシカシテ大将サンナノカナ?」

 

「?」

 

「?」

 

『?』

 

 孝治も友美も涼子も瞳が点となった展開は、今さら言うまでもなかった。


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