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『剣遊記Z』

第一章  珍客万来。

     (22)

「うわっち! 急に声ばかけんでええ!」

 

 孝治はその場で二メートルも飛び上がった。もちろん周囲からは、『?』の目で見られるばかり(友美を除く)。

 

 しかし涼子の瞳は、いかにも真剣そうだった。

 

『あの人、あげん大真面目やない! やけん孝治には、それに応える人情はなかっちゃね!』

 

 孝治は反論した。

 

「おまえは自分の絵ば完成してもらいたいだけっちゃろ!」

 

「孝治はん!」

 

「うわっち!」

 

 続いて美奈子までが、血色ばんだ顔をして、孝治に詰め寄ってきた。見えないはずだから、決して涼子に呼応したわけでもないだろうけど。

 

 その美奈子が吠えた。

 

「中原はんの絵画のモデルになってあげなはれや! うちと千秋と千夏からもお願いしますさかい!」

 

「うわっち?」

 

 見ると千秋は――澄ました顔をこちらに向けているだけ。とても『お願いします☻』のツラではなかった。だが千夏のほうは孝治の腰にチャッカリとしがみついて、下からウルウルの瞳で見つめていた。

 

「孝治ちゃぁぁぁん☂ 美奈子ちゃんのぉお願い、聞いてほしいさんですうぅぅぅ☂」

 

 ただし、一部始終をそばで見ていた友美から、あとで教えてもらった話。千夏はつい先ほど、自分で目薬を差していたとのこと。

 

「いくらブレスレットに目がくらんだかっちゅうて、そこまでやるかしらねぇ、ふつう☢ きっと孝治に肩代わりばさせたいんばい☹」

 

 これものちに聞いた、友美の談。

 

 繰り返すが涼子も美奈子も、決して両者で談合をしたわけではないだろう。だいいち美奈子は、幽霊涼子の存在を知らないはずであるし、霊を探知する魔術力もないのだ。ただ偶然、この両者の利害が、奇妙な一致を果たしただけ――といえるのかも。

 

 だけど、この両者から迫られている孝治にしてみれば、これはたまったものではなかった。

 

 孝治は叫んだ。

 

「ちょ、ちょ、ちょい待ちいや! みんなしておれの意思と人権ば無視すんじゃなかっちゃけねぇーーっ!」


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