『剣遊記Z』 第一章 珍客万来。 (21) 『ええーーっ!』
これには涼子がビックリ仰天。その心境を表わしてか、一気に天井までスピード浮遊して、上の階まですぽっと突き抜けたほど。
また、すぐそばにいる黒崎や、階段中央踊り場に再び戻った孝治と友美も、一斉に中原に注目した。
「な、何事なんです?」
「こん絵が未完成やて? どこっち思う?」
「わたしもいっちょもわからんとやけど?」
もちろん涼子が、一番大声で一気にまくし立てた。
『ちょっとぉーーっ! あたしん絵が未完成っち、どげんことねぇ! 画家がそげんことでよかとぉ!』
幽霊の文句は、自称画家には当然聞こえていなかった。代わりというわけでもないだろうが、必然的に――または偶然的ではあるが――同じ質問を黒崎が繰り返した。
「未完成とは、いったいどういうことなんですか? もし差し支えがなければ、ぜひお話をお聞かせ願いたいのですが」
これに中原は、顔面を苦渋でにじませ、震える声で答えるのみだった。
「い、いや……画家としてなんたる不覚やったたいねぇ……このおれともあろうモンが、こげな初歩的でバリ痛恨なミスばしでかすなんち……☠」
これでは、まったく要領が伝わらない。とにかく中原の遠回し的なセリフに、孝治は思いっきりイラついた。そこですぐに、階段の上から大声で怒鳴ってやった。
「やったら女性の裸ばっかし追っ駆けとらんで、さっさとそん絵ば完成させたらよかろうも! ちょうどここに、顔んそっくりな友美かておるんやけねぇ! 代わりにモデルにしちゃりやぁ!」
「もう! 孝治ったら、ややなぁ……☁」
友美が再び、ポッと顔を赤らめた。
しかしそれでも、まだまだ往生際が悪いらしい。中原は頭を横に振って応じるだけだった。
「駄目たい! 今のおれには君のヌード画ば描くことしか頭にないとやけ✍ それ以外今は、なんも描く気にならんと!」
「それって、てめえひとりだけの屁理屈やろうも!」
孝治は一生懸命にわめき続けた。だがやはり、いくら言ったところで、中原は頑として応じてくれようとはしなかった。
これぞ真の芸術家と絶賛しても良いくらいの、潔さではあった。だけど巻き込まれた者としては、それこそ迷惑千万そのもの。
その孝治の背後に、涼子が音もなく(当たり前か)浮遊から舞い降りた。それからさらに、声を大にして(?)叫んでくれた。
『孝治っ! あたしんために絵ば描かせてあげてっちゃ!』 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |