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『剣遊記Z』

第一章  珍客万来。

     (20)

 中原は最初、黒崎の案内で、階段を下りて行こうとしていた。しかしなぜか、途中で足を停め、自分が描いた涼子の肖像画に、もう一度目を向けた。

 

 実はこのとき、当のモデルが幽霊となって、中原の目の前でしおらしくも頭をペコペコさせていることには、たぶん絶対に気がつかないであろう。

 

『どうも、おひさしぶりですっちゃあ♡ あんときはあたしば可愛く描いてくれて、ほんなこつありがとね♡ まあ友美ちゃんがあたしに似とうのは、単なる偶然なんやけね♡』

 

 無論涼子も、自分の存在を知られていないことなど、百も承知のうえだろう。ただ思わぬ成り行きで、生前の自分を知る者と再会ができたわけである。孝治の見た目でも、涼子の(丸出しの)胸に懐かしさが込み上げている様子が、わかりすぎるほどに感じて取れていた。

 

「あげん喜んじょる涼子ば見るのっち、滅多にないことっちゃねぇ♥」

 

 その一方で、そうとは知らない中原は、やはり自分の作品に一種の感慨深い思いがあるようだ。絵をじっくりと眺めながら、ひとりでしみじみとつぶやいていた。

 

「おれん描いた絵ば、こげんして多くの人ん前に飾られるっちゅうのは……なんかこう画家としての冥利{みょうり}に尽きるもんがあるったいねぇ……おっ?」

 

 ところが中原が、肖像画の左下の片隅に目線を移し変えたとたんだった。その表情を険しいモノへと、瞬時に変化をさせた。

 

「い、いかんばぁーーい! こん絵は未完成ったぁーーい!」


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