『剣遊記Z』 第一章 珍客万来。 (19) 捨てゼリフを残し、孝治は涼子の絵が飾られている階段踊り場から、足音も高らかに下りて行こうとした。その背中に中原が、未練ったらしく声をかけてきた。
「おれが急に言うたもんやけ、君もきっと動転したんばい☂ まあよか☆ 時間はたっぷりあるとやけ、これからもおれは君ば説得し続けるけ✈ おれかて絶対あきらめんのやけ✌」
(うわっち! おれもドエラかやつに見込まれたもんばいねぇ〜〜☠)
この調子だと中原は、孝治の音{ね}が上がる日まで、しつこく未来亭に居座り続けるに違いない。こうなるとかくなるうえは黒崎店長に頼んで、遠方への仕事を斡旋してもらうしか、他に逃げる道はなさそうだ。
遠くに行って長い間戻らんかったら、さすがの芸術家かてあきらめるやろうねぇ――と、大いに甘そうな考え方ではあるが、今はそれに期待をかけるしかないだろう。
その中原が、孝治の背後で黒崎に話しかけていた。
「では、ご主人、当分の宿ば、ここでお借りしたいとやけど✈」
孝治の予測どおりだった。中原は未来亭に長期宿泊をする気でいた。もっとも黒崎にしてみれば、画家の滞在に、特に異論はないだろう。
「もちろん歓迎いたしますがや。宿泊のお申込みは酒場のカウンターで給仕長が受け付けておりますので、そこまでご案内いたしましょう」
いつもの宿屋の主人の営業スマイルになって、中原を階下へと連れていった。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |