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『剣遊記Z』

第一章  珍客万来。

     (18)

 もちろんなんの理由もわからないまま、美奈子がこれで引き下がるはずはなかった。ここは猛然と、中原に喰ってかかるのみ。

 

「そ、そないなけったいな話がありますかいな! うちでなにか不都合なことでもありまんのか!」

 

 だが中原は、これにも毅然と平然を半分ずつ混ぜ合わせたような顔で答えるだけ。

 

「あると! 女性が最も美しかぁ〜っち言える盛りは十代まで✄ ただそれだけやけね✄」

 

「…………☁」

 

 さすがの美奈子も、これには絶句。だけど、すぐに復活した。

 

「じょ、冗談やおまへんで! 世間一般では二十代こそが、女性の盛りと認められてまんのやで! あなたはんはいったいなにを根拠に、そないなアホな発言をなされるんでっか!」

 

「世間一般なんか関係なか! おれがそげん思うけ、そうなんたい!」

 

「……そんなんありなんでっか?」

 

 美奈子と中原の論争戦が続いた。その最中だった。千夏がうしろからそっと、中原の上着の端を、右手でチョンチョンと引っ張っていた。中原もすぐに、下を向いた。

 

「ん? なんね、お嬢ちゃん♐」

 

「千夏ちゃんはぁ、十四歳なんでしゅけどぉ、千夏ちゃんのぉ裸さんではぁどうですかぁ?」

 

 なんと身の程知らずにも、千夏が自分の売り込みを図っていた。しかし、中原の顔付きは真剣な論争から、幼児を可愛がるモノへと変わっていた。

 

「ごめんばいね、お嬢ちゃん♡ お嬢ちゃんが十七歳くらいになったら、おじちゃんも描いてあげてええんやけね♡」

 

「はぁーーっい♡ わっかりましたですうぅぅぅ♡」

 

 訳のわからない説得を受けて、千夏が無邪気にはしゃぎまくった。もっとも中原の本心は、そばに立つ孝治にも丸聞こえでいた。

 

「おれは幼児嗜好やなかけんな✁✃」

 

「けっきょく十代後半が自分の好みっちゃね☢」

 

 孝治は横目でささやいた。そのかたわら、美奈子はいまだに喰い下がっていた。

 

「いいえっ! ずえったいに承服できまへんえ! あなたはんは、なんか間違ってまっせ!」

 

「間違ってようとなかろうと、おれにとって女性っち、二十歳ば超えたらみんな『おばはん』なんやけね!」

 

 この瞬間だった。美奈子の表情が豊かに変わっていった。

 

 まずは口をO型に。

 

「お?」

 

 続いて歯を隠す感じで口を開く。

 

「ば?」

 

 次は開けたまま歯を出す感じ。

 

「は?」

 

 最後に口を一の字に閉じる。

 

「ん?」

 

 おまけで続けて副唱。

 

「お・ば・は・ん!」

 

 この世に生を受けて二十年。いつの日か宣告されるであろうと、たぶん覚悟はしていただろう。しかしその残酷なる四文字を、きょうこの場で、はっきりと指摘される憂き目となったのだ。

 

 決して認めたくはなかろうが、この時点において、美奈子の敗北が、どうやら決定した。

 

「……わ、わかり申した☃ ここはあきらめて引き下がることにいたしますえ……☠」

 

 意気消沈の姿勢でうつむいてから、美奈子が今度は孝治に振り向いた。少々怖い目付きになって。

 

「うわっち!」

 

「孝治はん、絵のモデルの話、なんとしても引き受けるんやで! これはうちからのお願いやさかいに♐」

 

「どげんして話がそげんなるとや?」

 

 いったんは回避できそうだった災厄が再び降りかかり、孝治は大きく頭を横に振った。

 

「おれは断固嫌やけね! どっか他ん誰かば捜しんしゃい!」


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