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『剣遊記Z』

第一章  珍客万来。

     (16)

 中原の希望とやらを耳に入れた孝治。まずは口をすぼめて発音した。

 

「ぬ?」

 

 続いて息を伸ばす。

 

「う?」

 

 最後に上下のくちびる💋を、前に突き出す感じ。

 

「ど?」

 

 それらの行動を全部繋いで、大きな声で、もう一度。

 

「ヌードぉーーっ!」

 

「そんとおりばい! 君が裸になって、大自然の中で自由に振る舞うそん姿☀ ひと目見ておれの頭に浮かんだイメージは、まさにそれしかなかっ! 頼むっ! 芸術の未来ば切り開くために、君のヌードばおれに描かせてほしいったい!」

 

 中原はこれで、どうやら孝治を説得しているつもりでいるらしかった。だけど端から見れば、ただ単に、自分の妄想に酔っているとしか思えなかった。当然の展開ながら、孝治は断固一貫に拒絶した。

 

「嫌ばい! どげな絵ば描こうとあんたの自由やし、なんの害もなかとやったら、おれだっていくらでも協力するっちゃけ! でも裸だけはずえったいに嫌っちゃけね!」

 

 吼えるだけ吼えまくり、孝治は中原に、プイッと背中を向けた。

 

 孝治にとって、ここまで裸を拒否する態度に出るのは、とても深刻な理由があるからだ。

 

 ご承知のとおり、孝治は昔は――男性であった。それが不慮の魔術事故で性転換を強いられて以来、女性として生きる道しかなくなっていた。

 

 孝治自身、こうなってしまったものは今さら仕方がないと、ほとんどあきらめかけてもいた。それにもともと、女性蔑視などという前世紀の遺物的観念も、孝治にはさらさらなかった。

 

 しかし、自分が変身した姿を、あまりおおっぴらにしたくない気持ちも、確かにあった(たまに例外的行動も起こすけど☻)。だから今でも、性転換以前の旧友と再会するたびに、孝治は後ろめたい気持ちを隠せないでいるのだ。

 

 その代わりに、開き直ったら強いけど。

 

 だけど中原も、(自称)本職の芸術家だった。これで簡単に引き下がろうとは、まったくしなかった。

 

「待たんね! もちろんボランティアで脱いでくれとは言わんばい!」

 

 中原は絵の具で汚れている上着の右ポケットをまさぐり、ある物を取り出した。金色に光る丸い物を。

 

「これはずっと前、熊本市のある貴族に絵ば売ったときに代金の代わりで受け取ったモンで、極めて純度の高い金で出来とるらしかブレスレットばい☆ おれにヌード画ば描かせてくれたら、これば報酬として君に渡すけ✌」

 

「金のブレスレットぉ?」

 

 中原の話を聞いた孝治は、思わず振り返った。素人目ではよくわからないのだが、確かに中原の右手には、金色に光る腕輪型の物体が握られていた。それもコンパクトな大きさながら、美の女神らしい装飾も、その表面に施されていた。


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