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『剣遊記Z』

第一章  珍客万来。

     (14)

「おおーーっ! これは確かに、おれが昔描いた大作ばぁーーい!」

 

 何年ぶりかとなったであろう自作との再会による感激ぶりを、中原が両手を大きく左右に広げるという、大袈裟な仕草で表現してくれた。

 

「そうですか、あなたがこの絵を描かれたんですか」

 

 再会の場には未来亭の店長である、黒崎健二{くろさき けんじ}氏も同席していた。現在、この絵の所有者は黒崎なのだから、これも当然といえば当然であるが。

 

「実に素晴らしい絵画の腕ですがや。この絵を手に入れて以来、店の業績も良好なんですよ」

 

 黒崎の美辞麗句は、明らかにお世辞混じりのもの。だけれどそばで聞いている涼子は、もう鼻高々心ウキウキの天狗状態にあった。

 

『ふふん♪ そりゃなんっつうてもあたしの絵なんやけ☆ そんくらいは当たり前っちゃよ♡』

 

 自分自身がこの絵のモデルなのだから、自慢したくなる気持ちも無理はないだろう。

 

 涼子から絵の由来を聞かされたあと、孝治と友美はすぐに、中原を階段踊り場まで連れてきた。そこで見事、感動のご対面となったわけ。

 

「世の中っち、ほんなこつ広いようで狭いもんっちゃねぇ♐ ふつう、こげな偶然ってあるとやろっか?」

 

「わたしかておんなじ気分ちゃよ♋」

 

 少々出来過ぎ的な話の展開に、孝治も友美も瞳を白黒させていた。

 

「ん? なんね☞ よう見たら曽根家のお嬢さんも、ここにおるんやなかね☺」

 

 このとき中原は、改めて友美に気づくなり、ペコリと頭を下げた。

 

「いやぁ、あんときはおれみたいな貧乏画家……まあ、今でも貧乏なんやけど、おれみたいなどこの馬ん骨ともわからん画家に、ようお嬢さんの肖像画ば描かせてもろうて、今でもおれは感謝ばしとるんばいねぇ☺☀」

 

「は、あ……?」

 

 友美の瞳の白黒が、さらにはっきり顕著となった。しかし孝治のほうは、自分でも珍しいと思えるほどに、中原の言いたいことが、すぐに頭にピンときた。

 

「違うっちゃよ☺ こっちにおるんは魔術師の浅生友美っちゅうて、絵の女ん子とは単なる他人の空似なんやけ☻」

 

「なに? 他人の空似け?」

 

 孝治に言われて中原が、友美を真正面から見つめ直した。

 

「なんと、よう似ちょうばい♋ おれの記憶でもってしても、まるで双子みたいやねぇ✍」

 

「ええ、まあ……☻」

 

 友美がちょっぴり、照れ顔になった。

 

 ここで黒崎も、友美と涼子のそっくり話に加わってきた。

 

「真に残念な話なんですが、この絵のお嬢さんはすでに他界をされ、門司の曽根男爵家も、今はもうありませんがや。この絵も画商から、僕が買い入れた物なんです」

 

 それを聞くと中原は、ガックリと肩を落とした。

 

「そげんねぇ☂ するとこん絵は、曽根家のお嬢さんがこの世におったっちゅう、唯一の証しっちゅうことたいね♐」

 

『幽霊で良かったら、曽根家のお嬢さんは、今ここにおるっちゃけどね♡』

 

「こら、涼子っ!」

 

 自分の不幸を中原が悲しんでくれているのに、当の本人はケロッとした顔付き。孝治は小さめの声で、涼子を叱って黙らせた。


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