『剣遊記Z』 第一章 珍客万来。 (13) 「ちょ、ちょっと失礼……!」
「あっ……わたしも……!」
孝治は慌て気分で椅子から立ち上がり、テーブルからバタバタと離れた。友美も孝治のあとを追ってきた。それから居残っている涼子をこっそりと、手招きで店の奥まで呼び寄せた。美奈子たちの目から見えない所で、みっちりと文句を垂れてやるために。
「どげんしたとや? 急にでっかい声ば出してからにぃ♋ こっちがでたんビックリしたんやからねぇ♨」
これに涼子は、酒場にいる中原のほうに顔を向けたままで答えてくれた。
『だってあたし……あの画家さんのことば思い出しちゃったとやけぇ☚』
「思い出した? いったい涼子と、なんの関係があったと?」
友美が尋ねると、涼子は階段の中央踊り場方向を、右手で指差した。
『あの絵ば見てほしいと☝』
「あの絵?」
言われたとおり、孝治と友美は階段の方向を見上げた。そこの壁には、涼子の生前の姿が描かれている肖像画が飾られてあった。
「あれは涼子の絵やろ♐ あれがどげんかしたっちゃね?」
孝治は涼子がいったいなにを言いたいのか、皆目まるでわからなかった。しかし、友美は違っていた。
「もしかして、画家の中原さんって……☞」
『そうっちゃよ♐ 友美ちゃんが気づいたとおりっちゃけ✐』
涼子がコックリとうなずいた。それでも孝治だけは、いまだふたりの会話の意味がつかめずにいた。
「な、なんねぇ♨ ほんなこつふたりだけでわかったような顔してからくさぁ☹ おれにも早よ教えんね♋」
「孝治ったらぁ、ほんなこつにぶかっちゃねぇ☻ 涼子も、もったいぶらんで教えてあげるっちゃよ☛」
少しだけ顔をしかめた感じで友美がうながすと、涼子ももう一度、うなずきで返した。
『ええ、あたしももったいぶるつもりなんかなかけ、はっきり言ったげるけね✍ あたしのあの絵の作者が、今店に来とう中原って人っちゃよ✎』
「うわっち! そげんこつねぇ♋」
孝治はこのとき、自分自身に少々腹を立てていた。こうまではっきり言われないと、おれは人の言いたかことがいっちょもわからんのけ――と。
とにかく孝治は自分でも自覚をしているのだが、人から遠回しな言い方をされると、それがまったく通じない性分なのだ。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |