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『剣遊記Z』

第一章  珍客万来。

     (12)

「頼むっ! 君ばモデルにした絵画ば、ぜひともこのおれに描かせてくれんね!」

 

「は、はあ……?」

 

 いきなり訳もわからず、しかも見ず知らずの野郎からこのような無茶な頼み事を言われたところで、鈍感を自覚している孝治に上手な対応の仕方など、あろうはずもなかった。

 

「ちょ、ちょっとあんた……いったいなん言いよんね?」

 

 せいぜいが、瞳が点の思い。上擦った声を絞り出すのが、やっとの有様。代わりに美奈子が、孝治に説明してくれた。

 

「紹介が遅れはりましたなぁ☀ このお方は、孝治はんを絵に描きたいとおっしゃっておるんどすえ♡ この方の熱意と信念なら、このうちが保証しますさかいに☆」

 

 魔術師美奈子の言葉には、心なしか安堵の気配が色濃くにじみ出ていた。これは恐らく、中原が探し求めていたものが見つかった話の成り行きで、自分ではなく孝治にそれを押し付けられるかもしれない状況を、もっけの幸いとしているのだろう。

 

(この際やさかい、要らへん肩の荷、全部孝治はんにお任せしますわ☻)

 

「うちから改めてご紹介いたしますえ☞ このお方は放浪の絵師でおまして、名前を中原隆博{なかばる たかひろ}はんとおっしゃりまんのや☀ 実はちょっとしたご縁がありもうして博多の町でお連れになり、こうして未来亭までごいっしょしましたんやわぁ✌」

 

 などと、これまた誰も真実を知らないことを、物の見事に幸い。美奈子は少々(?)の嘘も交えていた。しかしくわしい事情を知らない孝治は、一応美奈子の説明にうなずいた。

 

「そ、そう……絵師っちゅうか、画家っちゃね✍ そんで絵ば描きたいわけねぇ✎」

 

 それから孝治は、中原にうつろな気分の瞳を向けた。

 

『思い出したぁーーっ!』

 

「うわっち!」

 

「きゃん!」

 

 そのときやっぱり突然だった。涼子が大きな声を張り上げた――とは言っても、彼女の声が聞こえる者は、孝治と友美のふたりだけ。ただ、なにもないのにふたりだけがいきなり驚いたので、美奈子たちや中原には、これが孝治と友美の奇行と映ったようだ。

 

「ど、どないしはったんどすか? 急にけったいな声を出されはって……♋」

 

「なんや、ビックリするやないか♋ ネーちゃん☛」

 

「孝治ちゃんとぉ友美ちゃん、なんだかぁとってもぉ、変さんですうぅぅぅ☀」

 

「おれの顔になんか付いとうとや?」

 

 このように不思議がり――なおかつ驚き顔で尋ねる四人(美奈子、千秋、千夏、中原)に、孝治と友美は顔をそろえて、苦しい愛想笑いをお返しした。

 

「ま、まあ……な、なんでもなかっちゃですよ……ははっ……☠」

 

「そ、そうっちゃ! やけんどうぞお気になさらずにね……☠」

 

 さすがの涼子もこれは失敗だったと、ペロリと舌👅を出していた。

 

『ちょっとぉ……まずかったみたいっちゃねぇ☻☻』

 

 能天気な幽霊も、なんだか悪いことしちゃったばい――と、一応の自覚はしているようである。


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