『剣遊記Z』 第一章 珍客万来。 (10) 未来亭に帰り着いての第一声は、弟子である千夏の役回り。
「たっだいまさんですうぅぅぅ♡ 美奈子ちゃんとぉ千秋ちゃんとぉ千夏ちゃん、たった今帰りましたさんですうぅぅぅ♡」
すでにお昼が過ぎた時刻ではあったが、店内は今も雑多な客たちでにぎわっていた。
仕事への不満と愚痴を、酒で紛らす者あり。早くも一日の疲れを、舞台演芸で癒す者あり――などなど。
人生悲喜こもごも。
そんな中を三人は通り抜け、厨房近くの空いているテーブルに席を取った。
すぐに給仕係の皿倉桂{さらくら けい}が、三人に声をかけてきた。
「美奈子さんに千秋ちゃんに千夏ちゃん、お帰りなさぁーーい♡」
「はぁい♡ ただいまさんですうぅぅぅ♡」
三人の中で千夏が、一番最初に返事を戻した。桂はそんな三人に瞳を配りながら、いつもの挨拶言葉で返した。
「美奈子さんたち、相変わらずがいに忙しいみたいねぇ♡」
「まあ、ほんまどすえ……♥」
美奈子はなんだか、苦笑気味の気分になっている自分を自覚した。桂はさらにトレイを左の小脇にかかえたまま、ついでに店内も見回しながら、三人に注文を訊いてみた。
「それじゃあ、なんかお飲み物持ってきてあげるね♡ なんがいいぞなもし?」
「そうどすなぁ♐」
美奈子も笑みを苦笑気味から微笑に変え、桂に応えた。
「そいではうちは、紅茶をお願いしますえ♥」
「千秋もおんなじでええで☺」
「千夏ちゃんはぁ、ミカンジュースさんがぁいいですうぅぅぅ♡」
千秋は大人の対応型。千夏は少々破目を外した無邪気っぷりといったところか。
「わかったわぁ♡ ほうじゃきん、ちょっと待っててね♡」
明るい応対で、桂が厨房に戻っていった。そのすぐあと、店に新たな客が現われた。それも美奈子、千秋、千夏の三人にとって、いわゆる招かれざる客が。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |