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『剣遊記V』

第五章 地下迷宮の捕り物帳。

     (8)

 だが、千夏に続いて新たな反応を、今度は正男が起こしていた。

 

「ぐっ! がるううううううっ!」

 

 正男がいきなり頭を上げてうなり始めたかと思うと、そのまま一気に全速で駆け出した。

 

 狼が本気になってダッシュを行なえば、人間などでんでん虫以下である。

 

「お、おい! 正男ぉーーっ!」

 

 叫んではみたものの、孝治は正男の行動の意味に、おおよその見当をつけていた。

 

 恐らく千夏が先に感づいたのであろう異変を、狼である正男も、今になってようやく感知したのだと。

 

「やるっちゃねぇ✌ 千夏ちゃん✌」

 

 千夏の勘が狼🐺以上であったことが、これで証明されたわけである。ただ残念な話。孝治と友美以外で、それに気づいてくれる者がいないだけなのだ。秀正も衛兵隊の面々も、いきなり駆け出した正男を追い駆けるほうに、今や一生懸命となっているのだから。

 

「犬がなにか見つけたらしいぞぉーーっ! 我々もただちに追うのだぁーーっ!」

 

 大門隊長も声を荒げ、家宝の日本刀――虎徹を振り回しながら、正男のあとに続いていた。

 

 どこまでも狼を犬と言い張る気でいるらしい。ついでだが危なくて、誰もそばには近寄れない。

 

 それもまあ、棚に上げておく。

 

「おおーーっ!」

 

 とにかく砂津や井堀たち衛兵隊から、大きな気勢が湧き上がった。その光景を冷めた瞳で見つめながら、千秋が堂々と大きな声を出していた。

 

「今んなって千夏の言うとおりやるなんて、ほんま勝手な連中やでぇ!」

 

 逆に千夏の瞳は、ウルウルでいた。

 

「皆さん、やっとわかってくれましたですうぅぅぅ♡ この先でぇ、美奈子ちゃんがぁ待ってくれてますですうぅぅぅ♡」

 

「おれはふたりば信じるけね✌」

 

 孝治も笑顔で姉妹に応じてやった。また友美も、千夏の左に並びながら、大きな声で元気づけていた。

 

「わたしもやけ! 早く美奈子さんば助けに行きましょうね♡」

 

「はいですうぅぅぅ♡」

 

 これまた満面の笑みとなった千夏の右横では、姉の千秋が、やや苦笑気味にささやいていた。

 

「千夏には千秋かてようわからへん、不思議っちゅうか♑ 未来を予知ってゆうのか♓ とにかくけったいな力があるんやで♠ これは千秋にもほんまに不思議なんやけどな♣」

 

 そんな面々を秀正は小首を右に傾げて眺めつつ、ひとりつぶやいていた。

 

「おめえら、ほんなこつ変わっとうっちゃねぇ〜〜?」

 

 しかし事態もここまで到れば、前方でなにが起きているのか、もはや明白。それは地下水道の突き当たりから光が見え、そこから何者かが――それも大勢の野郎どもが騒いでいる物音が、孝治たちの所まで轟いているからだ。


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