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『剣遊記V』

第五章 地下迷宮の捕り物帳。

     (7)

 一番最初に、只ならぬ様子に気づいた者。それは誰あろう、千夏であった。

 

「あっれえぇぇぇ? なんだかぁ、人さんがぁたくさんたくさんはしゃいでるぅ声さんがぁしてますですよぉ?」

 

 衛兵隊の先頭で怪盗団の匂いをたどっている正男が、この千夏のつぶやきに、怪訝そうな顔をして振り返った。

 

 狼🐺がいったい、どのような表情を示せば『怪訝』になるかは、謎である。でも今は、それに突っ込んでいる場合ではない。

 

 狼の姿でいる正男は、現在しゃべれない。そのため孝治は正男の代わりをしてやるつもりで、千夏に訊いてみた。

 

「たくさんはしゃいでるって……なんか聞こえると?」

 

 千夏はすぐに、満面の笑みで答えてくれた。場の空気など、お構いなしで。

 

「はいそうですうぅぅぅ♡ 千夏ちゃんがぁ思うにはぁ、きっとぉこの先にぃ、悪いおじちゃんたちのぉ、おうちがあるんだと思いますですうぅぅぅ☞ 美奈子ちゃんもぉ、きっとぉおんなじ場所さんにぃいますですうぅぅぅ♡」

 

「千夏の言うとおりや✌ 絶対間違いあらへんで✊ 師匠はそこにおるんや☞」

 

 千秋も千夏の右に立ち、全面的に賛同の構えでいた。

 

 ここはやはり、双子の姉妹。絆はしっかりと、強固のようであった。

 

 しかし、これもやはりと言うべきか。もろ不審をあらわにする野郎もいた。

 

「こんな子供の戯言{たわごと}が、本当に当てになるのか?」

 

 孝治のうしろから、大門が口をはさんできた。だけどそれも、まあ当然。実際ごくふつうの常識があれば、誰が聞いても幼児の寝言のような話であるからだ。

 

 むしろ、ここまで千秋たちを仲間外れにせず同行させた温情を、大いに感謝しろと言ったところか。

 

「そうっちゃねぇ……☁」

 

「ぐるる……☁」

 

 秀正と正男も、大門とだいたい同じ考えのようである。だが、孝治の考えは違っていた。その理由は以前、美奈子の護衛で南九州への旅を行なったとき、弟子である千秋のなんとも説明しにくい不思議な能力――あるいは感性を、何度も目の当たりにしているからだ。

 

 そうなると当然、千秋の双子の妹である千夏にも、もしかしたら同じような力が存在していても、おかしくはない。根拠はとても薄弱なのだが。

 

 そんな経験があって、孝治は千夏を全面的に庇う気持ちになっていた。

 

「まあ、変に思うのもわかるとですけどぉ……このふたりにはなんち言うてええのかぁ……遠くにおる美奈子さんと心が通じ合えるっちゅうかぁ……そのぉ……☁」

 

「おまえの言いたいことがいったいなんなのか、さっぱりわからんぞ☠」

 

「は、はあ……すんましぇん☂」

 

 大門からいくら突っ込まれたところで、実は孝治自身、千秋と千夏の双子姉妹の正体が、皆目不明なのだ。だからこれ以上、いったいなにをどのように言いつくろって、ふたりを弁護すればよいものやら。ここで返答に窮した孝治の代わりに、友美がこの場からの進行をうながしてくれた。

 

「と、とにかく先ば急ぎましょ! きっとなんか起こっとるはずやけ、ここで足止めしちょる場合じゃなかっちゃですよ☆」

 

「うむ、確かにそのとおりかもしれん☝」

 

 前進自体であれば、大門に異論はないようだ。それを見ている孝治の右隣りでは、千夏がしゅんとうな垂れ、千秋が一生懸命に慰めていた。

 

「ぐしゅん☂ 皆さん、千夏ちゃんの言うこと、ちっとも信用してくれませんですうぅぅぅ☂」

 

「まあ、しょーがあらへん☁ 大人はみんなアホばっかしやさかいな☠」

 

「まっ、今は確かにしょうがなかっちゃね☁」

 

 孝治も千夏の頭を右手で優しく撫でてやった。続いて友美が大門には聞こえないような小声で、そっとささやいた。

 

「今んところは我慢が大事やけね♥ いつかみんなにわかってくれる日が、きっと来るっちゃけ♪」

 

 友美も思いは、孝治と同じようである。ところが、そんな気をつかっているつもりである孝治のほうに向かって、千秋がズバリと、言葉を返してくれた。

 

「励ましはありがたいんやけどなぁ☻ ネーちゃんが言うと、なんか説得力っちゅうもんを感じへんのや♠」

 

「あんなぁ……☻」

 

 せっかくの善意ぶち壊しの思いでいる孝治のうしろでは、友美がクスクスと微笑んでいた。


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