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『剣遊記V』

第五章 地下迷宮の捕り物帳。

     (4)

 地下道の至る所に、広い空間のような部屋が、いくつも用意されていた。怪盗団がひと息を吐いた場所は、そんな部屋のひとつだった。

 

 彼らを密かに尾行している美奈子には、この場所が地上ではどの辺りになるのか。まるで見当がつかなかった。

 

 実際、宝石商からかなり遠ざかったのは、ほぼ間違いないだろう。だが地下では、東西南北がまったくわからないのだ。

 

 こうなると、ここはひとりで行動を起こすよりも、千秋と千夏が応援を連れてくるまで待ったほうが、賢明な判断と言えそうである。

 

(ゴブリンはんたち、もう少し待ってておくれやすね✋ あなたたちを必ず助けてあげますさかいに✈)

 

 白コブラの姿を取っている美奈子はそんな思いで、通路の物陰に隠れていた。彼女の前には重い金庫運びからようやく解放され、床に腰を下ろしているゴブリン族たちがいた。

 

 しかし彼らはすぐに、別の部屋へと連行された。それからしばらくして、見えない所から鍵をかけるガチャッとした音が聞こえた。恐らくは牢屋にでも入れられたのであろうか。

 

「まだゴブリンどもは殺すんじゃなかばい⛔ まだ荷物運びに必要やけんな✄」

 

「へい♠」

 

 怪盗団の親分と子分の会話が、美奈子の耳に深く刻み込まれた。怪盗団は用済みになれば、奴隷たちを始末する気でいるのだ。だがこれを逆に考えれば、今すぐに殺される心配がなくなったわけでもある。

 

(その前に、なんとかせなあきまへんなぁ✈)

 

 安堵とあせりが入り混じった妙な気持ちで、美奈子はつぶやいた(注 ヘビがどうやってつぶやくかは考えない⚠)。

 

 それはそうとして、ここは広い部屋だった。だけれどこの部屋は、今美奈子の瞳の前にいる盗人たちが、造ったわけでもないだろう。しかし、かなり使い慣れている感じはしていた。

 

 これは恐らく、地下水道建設のとき、工夫{こうふ}たちが休憩を行なう場所として、使用された部屋に違いなかろう。それが今では、盗人たちの絶好の隠れ場所となっているのだ。

 

 部屋はこのひとつだけではなく、他にも何箇所か用意をされているようだった。おまけに各部屋には、それぞれしっかりと角燈{ランタン}が灯されていた。

 

 その灯りの下で、盗人たちが備え付けの食器棚(これも工夫が置いていった物か、それとも怪盗団が持ち込んだ物かまではわからない)から酒を出し、思い思いにくつろいでいた。

 

 彼らが言うところである最後の大仕事を終えて、気分はやれやれなのだろう。あとは魔術で施錠されている金庫を壊して中身をいただけば、この街――いや日本の国とも『おさらば⛴』する気でいるに違いない。

 

 このとき子分のひとりが、酒蔵にしている戸棚に右手を突っ込んでまさぐりながら、怪盗団の親玉に尋ねていた。

 

「親分、お酒はなんにいたしやすか?」

 

「そうっちゃねぇ〜〜☹」

 

 親分は、あちこちがほころんでバネまで飛び出している黄色のソファーに、ドカッと腰を下ろしていた。

 

「俺は、赤ぶどう酒ったい✌」

 

「へへっ、わかってますって✌」

 

 親分の返答で、子分がニヤついた。親分子分ともに、かなりの上機嫌のようである。

 

(わかっとるんどしたら、なんも聞かへんでもよろしゅうおまっせ☞)

 

 美奈子の心中によるツッコミは、この際話の進行とは関係なし。

 

「いつもの二十年物やねえと、おめえばぶっ飛ばすけね★」

 

 親分は花(コスモス)には関心がないくせに、酒にはこだわる男だった。そこへ子分が愛想笑いを浮かべ、戸棚から親分お気に入りである、二十年物赤ぶどう酒を取り出した。

 

「ちゃんとお気に入りの品でねえと、本当にぶっ飛ばされるオチはわかってますから♥」

 

 子分の愛想笑いには、少々の緊張も混じっているようだ。そんな風に、美奈子には見えた。

 

 このような怪盗団の楽天ぶりを眺めている美奈子は、実は内心で、大いに微笑んでもいた。なぜなら盗人たちは知らないし、また知りようのない話。金庫の中身は、実はカラなのである。

 

 つまりは盗みの苦労が無であるとも知らず、酒に戯れる彼らの能天気が、美奈子はおかしくて仕方がなかったのだ。

 

 これは宝石商の金庫だけではない。張り込んだすべての商店で実施していた作戦であった。

 

 だからこそ、財産の安全を保障する約束で、黒崎が市内各大型商店の協力を得られたわけ。

 

 それにもともと、金庫自体に相当な重量があり、中に金や貴重品が入っているかどうかは、実際に開けてみなければわからない。しかも魔術の鍵がかかっているともなれば、とてもではないが現場で解錠を行なう余裕など、あろうはずがなし。またそれ以上に、金庫は簡単には開かないという思い込み――先入観があった。

 

 結果、金庫を丸ごと盗むしか、他に方法がないわけとなる。

 

 しかし、今ごろ牢屋でようやくの休息にありついているであろうゴブリン族たちの境遇も思うと、美奈子の痛快な気分も、やや萎え気味となってきた。

 

(そやかて、そんためにゴブリンはんたちに強制労働させはる破目になったとしやはったら……あんまり笑ろうことはできまへんなぁ……では、その前に……☹)

 

 ここは一刻も早く彼らを助けてあげるべきだが、味方が駆けつけるまでには、もうしばらくの時間がかかりそうな気がする。そのときまで怪盗団が酒盛りに興じている状況を絶好のチャンスとし、美奈子は隠れ家を、少し調べてみようと考えた。

 

(盗人はんたちがあれやったら、少々ウロチョロしてもわかりまへんで☆)

 

 実際、全身白色で非常に目立つコブラが這い回っても、盗人の誰ひとり、まったく気づかないでいた。

 

 これならば、あとから千秋と千夏が孝治たちを連れて討ち入りを決行しても、かなり楽な戦いになりそうである。


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