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『剣遊記V』

第五章 地下迷宮の捕り物帳。

     (25)

「うわっち! な、なんねぇ、これってぇ!」

 

 いくら捕り物であっても、これほど信じられない出来事が連続するとは。この展開はいささか過剰気味だと、孝治はドキドキ続きの頭で考えた。

 

 ようやく厄介だったネズミ軍団から解放され、正男の嗅覚を頼りに逃げた怪盗団の足取りを追っていた一行であった。それがなんと、地下道の角を曲がった地点で、彼らがきちんと待ってくれていたのだ。

 

 その数五名。全員なぜか、短刀を握った格好で、直立不動のような姿勢を貫いていた。

 

 体の節々を、ときどきピクピクと痙攣{けいれん}させながらで。

 

 しかも彼らは、ひと言もしゃべろうとしなかった。その代わりなのか。全身に脂汗を、びっしょりと流していた。そのため一応、生きていることだけは確認できた。

 

「孝治……これっていったい、なんがあったんやろうなぁ?」

 

 秀正が孝治に尋ねるが、とても答えられる心境ではなかった。孝治はなかば、投げ槍気味な思いで言葉を返してやった。

 

「おれがわかるわけなかろうも 自慢じゃなかっちゃけど、おれはこの世の怪現象に、そげんくわしいわけやなかっちゃけね☁」

 

 怪現象の王様――いや女王様か――である幽霊と付き合いのある、孝治らしからぬセリフであった。だからと言って、説明できない話は仕方がない。こんな中でも大門だけは、もともとからの性格が、よほど大胆不敵なのだろう。

 

「まあ、よいわ☀」

 

 目の前で繰り広げられている珍事が、まったく気になっていない様子でいた。

 

「こやつら、我らの勢いに観念して、逃走をあきらめて降参するのであろう♡ これ以上追い駆ける手間が省{はぶ}けてなによりじゃわい! うわっはっはっはははは!」

 

 さらにすっかり慢心している感じで刀を鞘に収め、高らかに笑い始める始末。

 

 部下である衛兵隊一同、彫像のように立ち尽くしている怪盗団の面々を、薄気味悪そうな顔して眺めているのに。

 

 孝治も『あんた、ほんなこつそれでよかとね?』と、思わず突っ込みそうになる。実行は無理だが。

 

 それでも仕事が楽に終了さえすれば、これはこれで孝治も万事OK。あとは仕事料の支給が気になるだけだが、依頼主は親方日の丸。取りっぱぐれの心配は、一応ないだろう。

 

「まっ、これでよかっちゃね♥」

 

 これにて事件が終わりと決まれば、あとは早く帰って寝るだけ。孝治も衛兵たちを手伝って、怪盗団をロープで縛る作業に専念した。

 

 ここでよせばいいのに、勝ち誇っている大門が、硬直してまったく動かない状態でいる亀打保を、あざ笑う行為に出た。

 

「ふん☠ 悪行の限りを尽くした亀打保ともあろう者が、こんな地の底で年貢を納めることになろうとはな☻ 人間たるもの、こうまで落ちぶれたくはないもんだわい☻」

 

 このとき怪盗団の親分は、顔面の筋肉までもが、見事に固まっているらしい。大門からの侮辱に、黙って耐えていた――と思われていた。

 

 ところが突然だった。

 

「しゃあしぃーーったぁーーいっ!」

 

 いきなり裏返った奇声を張り上げ、自分を縛ろうとしていた衛兵をまとめて三人。一気にうしろの壁まで吹っ飛ばした。


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