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『剣遊記V』

第五章 地下迷宮の捕り物帳。

     (24)

 衛兵たちの掛け声が、天井まで響いたのだろうか。

 

「うわっち!」

 

 いきなり頭の上から、ドサァッと裸の男が落ちてきた。

 

 この突発的な出来事に孝治は、これまた正直たまげた気持ち。

 

「な、なんねぇ! この変なおっさんはぁ!」

 

 もし、もう一歩先に進んでいたら、頭と頭がまともにぶつかっていたかもしれない。孝治は背中に、ゾクッとした寒気を感じた。

 

 それはともかく、問題の落ちた男は、そのまま床にうつ伏せの格好となった。

 

 天井から真っ逆さまに落っこちたにも関わらず、大した外傷はないようだ。だがそれよりも、いくら全裸とはいえ、落ちてきた者は男性である。取り囲む衛兵たちの顔に、失望の色がありありとなっていた。

 

「いったい、この男は何者だ?」

 

 まずは至極当然の疑問をつぶやく大門に、男の背中に右耳を当てていた秀正が、神妙な顔付きで答えた。

 

「ん……心臓は動いちょります⛑ 死んでるわけやなかですね⛤ それよか隊長さん、これば見てください☟」

 

 盗賊が右手で指し示した先は、男の尻だった。だがそこには、ふつうの人間には有り得ない物が付着していた。

 

「なにっ? これはしっぽではないか!」

 

「そうです☟」

 

 大門が両目をむいて驚き、秀正がそれに相槌を打った。まさにそのとおり、動物の尾が、人間の尻の部分から伸びていた。

 

 しかも見る間に、縮んでいる様子。どうやら体内に、吸収されている段階にあるようだ。

 

 それも、しっぽだけ表面が鱗状の皮膚である。これに該当する動物(哺乳類)はといえば、ネズミ類を置いて他にないだろう。そうなると誰の目で見ても、この男の正体は明らか。ここは早い者勝ちとばかり、孝治は得意気分で大きく吹聴してやった。

 

「なるほどっちゃねぇ☆ こいつこそがワーラットで、ネズミたちはこいつに操られとったんやねぇ✌」

 

「じゃあ、どげんしてこいつが気ぃ失って、天井から落っこってきたとや?」

 

 だけどさらなる秀正の疑問には、孝治は答えられなかった。

 

「そ、それは、やねぇ……✃」

 

 これにてある意味窮地に陥った孝治であったが、次の大門の号令で救われた。

 

「わかった☀ その辺の事情もひっくるめて、全部本部で調べることにしよう☛ この男をただちに連行しろ!」

 

「はっ!」

 

 大門の命令で、砂津と井堀のふたりが、いまだ意識の戻らないワーラット(邪牙という本名は、あとでわかった)を、用意していたロープでグルグル巻きに縛りあげた。

 

 それを見ていた孝治は、面白半分の気分で、隊長の大門にささやいてみた。

 

「隊長さん、こいつ、いくらロープで巻いて檻にぶち込んだかて、きっとネズミになって逃げちゃうけ、鳥かごに入れといたほうがよかやなかですか?」

 

「ふぅ〜〜む……⚠」

 

 孝治としては、他愛のない冗談のつもり。ところが大門は真面目な顔で下アゴに右手を当て、大ゲサな動作でうなずいてくれた。

 

「うむ、そのとおりだ☆」

 

「うわっち!」

 

 驚きの孝治は眼中になし。大門が新たな命令を下した。

 

「こうしよう☆ 本部に戻ったら、そいつをハムスター用の飼育セットにぶち込んでおけ!」

 

「はっ!」

 

 これまた真面目な態度で、砂津が新たな命令を受けていた。

 

 結果、邪牙は裸の上からロープです巻きにされ、哀れ衛兵隊本部への送還と相成った。

 

 そのあと孝治の戯言{ざれごと}どおり、魔術師の手で再びネズミの姿に戻され、封印付きのカゴに閉じ込められる破目となるのであろう。この魔術を誰にやらせるかと言われれば、それは現在どこにいるかがわからない美奈子を置いて、他に適任者は考えられない。もちろん美奈子であれば、その性格(けっこう残酷)からして、喜んで引き受けるに違いない。

 

「悪党とはいえ……気の毒したっちゃねぇ☠」

 

 自分の言い出した『冗談から真✌』で、孝治は少々罪の意識が胸にめばえていた。そのついで、ふと天井を見上げてみた。

 

「あれ?」

 

 そこには白と黒と茶色の三毛猫がいた。

 

「……あの猫ぉ……どっかで見たことあるような……☁」

 

 しかし孝治の思考は、その時点で停止した。

 

「おい、ボケッっちしちょらんで、早よ盗人どもば追うばい!」

 

「うわっち! そ、そうやった!」

 

 秀正から急き立てられ、孝治は慌ててあとを追った。

 

 今は逃げている怪盗団を追うほうが先決。だから猫ごとき、思い出している場合ではない。

 

 もちろん三毛猫は、未来亭給仕係でありワーキャットである朋子が変身をした姿である。従って、何度か変身後の姿を拝見したことのある孝治の記憶に引っ掛かっても、それはある意味において当然であろう。

 

 だけどまさか、この猫に涼子が取り憑いていようとは。そこまで思い到るすべは、今の孝治では無理であった。


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