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『剣遊記V』

第五章 地下迷宮の捕り物帳。

     (22)

「にゃん? (えっ?)」

 

 三毛猫――涼子は顔を上げた。すると真正面になんと、梁の上でしゃがんだ姿勢でいる、全裸の美女がいた。

 

 もちろん美奈子である。だけども涼子は、突然現われたコブラが魔術師美奈子の変身だと、とっくに知っていたりもする。

 

 だからこそなんの前触れもなくコブラが出てきても、涼子は慌てず騒がずだったのだ。

 

 その理由は涼子はずっと以前から、幽霊である自分の姿を見せないまま、美奈子の変身魔術を何度もお目にしていたからだ。

 

 しかし涼子とは反対に、美奈子は幽霊の存在を、依然として知らないままである、たぶん。

 

 ましてや今、自分の瞳の前にいる三毛猫に幽霊が憑依しているなど、それこそ夢にも考えていないだろう、たぶん。

 

 従って三毛猫をまったくふつうの動物だと思い込み、こっそりと先回りをして、猫といっしょにネズミ――ワーラットをはさみ撃ち。なおかつそれに成功した今、言葉どおりの猫撫で声で、三毛猫に話しかけてきたのだ。

 

 なお、このときにはネズミの姿が半分以上、あまり見たくもない中年男の裸に戻っていた。

 

 美奈子はそのみっともない格好を、なるべく見ないように努めてもいた。それからさらに、三毛猫に言い聞かせた。

 

「そうでおます♡ いい子やさかい、静かにしてはってや♡ エサならあとで、うちがお魚をあげますよってに、ここはうちの言うことを聞いておくんなまし☺ お願いやさかいね♡」

 

 おまけで愛らしく、美奈子は右目をウインクさせた。そんな魔術師に、三毛猫――涼子は、ひと声鳴いてあげた。

 

「にゃあーー♡ にゃうんにゃ?」

 

 これには『よかっちゃよ♡ やけど、そげなその場凌ぎの約束なんかして、ほんなこつよかと?』の意味が込められていた。

 

 もちろんさすがの美奈子も、猫語は習得していないだろう。そのためか、この思いがけない猫の反応で、美奈子のほうが瞳を丸くしていた。

 

「おや? この猫、うちの言ってることがわかりまんのか?」

 

 涼子は内心で、くすっと微笑んだ。もちろんこの仕草の意味も、美奈子には通じなかったであろうけど。

 

「……この猫もなんやけったいなんやけど、うちもこのまんまじゃ難儀でおますなぁ♥」

 

 三毛猫の変な仕草はともかく、美奈子自身も急いでこの場から、退散をしなければならないだろう。なにしろ全裸美奈子の真下にいる者たちは、約一名(これも難はあるが)を除いて、全員がヤローばかりであるからだ。


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