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『剣遊記V』

第五章 地下迷宮の捕り物帳。

     (20)

「き、貴様ぁ……誰けぇ! おい! あいつば照らせ☞」

 

「へ、へい♐」

 

 亀打保が子分に命じて、持たせている角燈{ランタン}の光を、前方の人物に向けさせた。

 

 その光によって闇からあぶり出された姿は、見るからに怪しい黒色――いや、怪盗団にはわからないだろうが、そいつは真の暗闇での活動に適した、茶色混じりの黒色で頭から足の先までも覆い隠していた。無論表情などは、まったく読み取れなかった。

 

「貴様も衛兵隊の仲間け!?」

 

 ここでまず、一番に考えられそうなことを、亀打保がきつめの口調で問いただした。だが黒尽くめ(正しくは茶色混じり)の人物はこれに、答えにならない答えで返してきた。

 

「其{そ}の様に疑われるは、お主達の御自由。只、此{こ}の侭{まま}落ち入られては、拙者{せっしゃ}共が甚だ迷惑の極み故{ゆえ}に」

 

 言葉づかいがかなりに妙だが、一応声質で男性だとわかる。しかし、今の亀打保には男女の区別など、どうでもよいことであった。

 

「しゃあーーしぃーーっ! ガタガタぬかすなぁーーっ! 貴様も同じ衛兵隊やったら、仲間とおんなじ地獄に送ってやるけぇーーっ! 野郎どもぉ、こいつばズタズタにしちまえーーっ!」

 

「おおーーっ!」

 

 親分の号令一下。子分どもが一斉に、持っていた短刀を振りかざす。

 

 全員でかかれば相手はタカがひとり。一瞬にして命令どおりのズタズタに違いない。そのつもりで短刀を抜いた怪盗団であった。だが黒い男にはなぜか、動じる様子はまったくなかった。それどころか右手を前に向け、まっすぐに差し出すだけ。さらに妙な口振りに、ますますの拍車をかけて言い放った。

 

「お主達を此処{ここ}拠{よ}り落ち入らせる訳には参らぬ故。暫{しば}しの足止めを願うでござる」

 

 そのポーカーフェイスぶりが、亀打保一味の神経を、必要以上にイラ立たせた。

 

「しゃあしいったぁーーいっ! なんが足止めけぇーーっ! てめえばしばき倒してくれるわぁーーっ!」

 

 親分である亀打保を筆頭に、ついに忍耐が限度を超えたらしい(もともと苛立ちの極致ではあったが)。怪盗団が雄叫びを上げ、一斉に飛びかかる。その刹那! 常識を超越した男の大声が、地下道全体を大振動させた。

 

「喝{かぁーつっ}つうううぅぅぅーーーーーーっ!」

 

 この瞬間、盗人どもの鼓膜{こまく}が破れ、亀打保を含む五人全員、短刀を握った格好のまま、その場に硬直。まさに襲いかかろうとする態勢で、不動の状態となった。

 

 ただし、これで彼らが死んだわけではなかった。

 

(な、なんやぁ? か、体が固まっちまったばい……ਓਐ

 

 亀打保はもちろん、実は五人とも、意識は健在であった。しかし手も足も胴体さえも、ピクリと一ミリも動かせないし、また声も出せない有様でいた。

 

 だが耳までは、機能不全となってはいなかった。

 

 そんな彼らの耳に、黒い男の最後のセリフが、次のように聞こえていた。

 

忍法金縛り』を掛けさせて戴{いただ}き申した故、お主達は今暫{しばら}く、身動き一つ侭為{まなな}らぬ由{よし}にてござる。後の始末は衛兵隊諸氏に譲る由にて、拙者は是{これ}にて御免!」

 

 さらにかろうじて『金縛り』を免れている亀打保の視界から、男の姿が瞬時に消失――いや、そのようにしか見えなかった。

 

 怪盗団は完全に行動の自由を剥奪され、もはや彫像のごとく、立ち尽くすしかできない姿となったのだ。


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