『剣遊記V』 第五章 地下迷宮の捕り物帳。 (19) 「親分、衛兵隊のやつら、ひとりも追ってきやせんぜ♡」
逃走用地下通路をひたすら走りながら、子分が嬉々とした顔で、親分の亀打保にささやいた。
「あ、あ、当ったりめえたい♐ 馬鹿野郎がぁ♡」
少々息を切らしてはいるが――やはり年齢か――亀打保の顔にも安堵というか、余裕の笑みが浮かんでいた。
「じゃ、邪牙のやつが、町中から集めたネズミの大群なんやけね! 衛兵隊の連中、あしたん朝までには、全員骨も残っちょらんばい!」
「しかしそんために、邪牙ば置き去りにしちまいやしたけど……☁」
別の子分も口を差しはさむが、亀打保はこれにも、ちゃんと返答を用意済みでいた。内容はかなり冷たいが。
「しょうがなかろうも! 邪牙にはオレたちと違う世界で生きてもらうしかなかばい! そん気になりゃあただのネズミになって、ゴミ漁りでもしとりゃあよかけんな✄」
「己{おのれ}の手下を見捨てるなど、首領の風上にも置けぬ外道でござるな」
「な、なにいっ!」
そこへいきなり聞こえた、ドスのある裏声。亀打保を始め、怪盗団全員の逃げ足が急停止した。
この突然な事態に、気が短めである亀打保が、すぐさま周辺に大声を撒き散らした。
「だ、誰けぇーーっ! 今オレにケチばつけくさった野郎はぁーーっ!」
ここは周囲を石の壁に囲まれた、人が三人横並びするのがやっとの、とてもせまい地下道である。そのために亀打保の銅鑼声が、思いっきり全体に反響しまくった。
「お、親分! 前ば見てくだせえ!」
あまりのやかましさに耳を両手で押さえながらも、子分のひとりが通路の前方に目を向けて叫んだ。
「なんやとぉ!」
亀打保はもちろんのこと。他の子分たち全員も、そろって通路の前方に注目した。
そこには怪盗団の退路を断つかのようにして、ひとりの人物が堂々と立ちはだかっていた。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |