前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記V』

第五章 地下迷宮の捕り物帳。

     (18)

 現場となっている広間の入り口にたどり着くなり、白コブラこと美奈子は、正直度肝を抜かれた。理由は瞳の前で展開されている、おびただしい数のネズミ群に。

 

 ついでに言えば、ネズミと戦っている孝治や衛兵たちの、悪戦苦闘ぶりにも。

 

(これはいったいなんでおますんやろ……って、でも驚いてる場合やおまへんなぁ✄)

 

 ビックリした事実を自分で認めながらも、美奈子は同時に冷静さを演じる気分で考えた。

 

 実際、これだけの動物の群れを一気に操るなど、ベテランの魔術師にしかできない、相当に困難な芸当である。だが、それをやすやすとやってのけるとなると、やはりその動物に変身できるライカンスロープの仕業としか考えられなかった。

 

 もちろんネズミを操っているわけであるから、黒幕はワーラットに違いない。

 

 美奈子も動物の精神を支配して操作する魔術は、一応会得していた。しかし今は、コブラに変身中である。従って、このネズミ群に術をかけ、衛兵隊の前から退散させる魔術はできないのだ。だからこのネズミたちを撃退するには、現場のどこかに潜んでいるに違いないワーラットをとにかく一刻も早く見つけ出し、そいつを倒すしかない。それを急いで実行しないと、このままでは本当に犠牲者が出る事態となる。

 

(この辺のどっかに絶対おるはずやで……たいがい高い所から、ネズミに命令してるはずでおまんのやけどなぁ……☝)

 

 精神操作の基本からして、美奈子はそのように判断した。そこで鎌首を上げ、天井の隅々を見回した。すると視界の片隅に、なぜか白いモノが映ったではないか。

 

(えっ……猫やおまへんか?)

 

 美奈子の瞳に、白毛に黒と茶色が配色されている三毛猫が、忍び足で天井の梁の上を歩いている姿が、鮮明に見えていた。

 

(ど、どうして、こないなとこに猫がおりはるんでっしゃろか?)

 

 疑問はもっともであった。しかしそこは、したたかさが売り物の女魔術師。すぐさま思考を、前向きに切り替えた。

 

(あの猫……なんか狙ろうとるみたいでおまんなぁ♐ これはあとを尾けてみるべきでおますな☆)

 

 そうと決めれば行動は早い。美奈子は手近(ヘビに手は無いが)に建っている柱から、スルスルと天井によじ登った。このとき一応、猫のうしろに回る策も、きちんと忘れなかった。しかも、さすがに好んでコブラに変身するだけあって、ヘビの身体能力も、美奈子は大方体得していた。

 

 それから天井に登り着いてみると、三毛猫は背後にいる白いコブラの存在に、まだ気づいていない様子でいた。これは恐らく別の目標に、全神経を集中させているためであろう。猫足で静かに行動を続けていた。

 

 ここでは猫族の特技である忍び足が、物の見事に生かされていた。だけど、その割に背後にいるヘビには鈍感な様子っぷりも、美奈子に不可思議な思いを与えていた。

 

 もっとも美奈子自身が思いっきりの能力を駆使して、自分の気配を消している理由もあるためだろう。また、下で展開されている騒乱状態で、多少の物音など消されている状況もあるのかもしれない。

 

 その三毛猫が向かう先に存在しているモノを、美奈子もはっきりと視認した。三毛猫の遥か先である梁の上に、群れから離れているとしか思えない一匹の灰色ネズミが、眼下の光景を眺めている様子を。

 

(あのネズミ……もしかして……♐)

 

 しかもネズミは、地下全体で繰り広げられている大騒動を、実に愉快そうな素振りで見物中――少なくとも美奈子には、そのように見えていた。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system