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『剣遊記V』

第五章 地下迷宮の捕り物帳。

     (17)

 ネズミと衛兵隊の激闘は、美奈子たちがいる場所――盗品の部屋の外にある通路にまで聞こえていた。

 

「師匠! こっちの方向で間違いないみたいやで!」

 

 美奈子の指示に従い、千秋は全速力で走った。その美奈子は、いまだ白いコブラに変身したまま。長い体を今は千秋の首に襟巻きのように巻きつかせたまま、なおかつ鎌首を上げて、頭の鼻先で進路を指し示していた。

 

 千秋はこの体勢で、あとに続く千夏や友美にも、駆け足で急がせていた。

 

「ああ、ほんとさんですうぅぅぅ! 前のほうからぁ、ネズミさんのぉお声がぁ、たくさんたくさん聞こえてますですうぅぅぅ☀☀」

 

「わたしにはまだようわからんちゃけど、ふたりとも耳がええんやねぇ☆」

 

 千夏もはっきりわかった様子であるが、友美だけは自分の足音以外、他にはなにも聞こえていなかった。ましてや前方の状況など、ほとんど微かにしか感じない程度である。しかしこれなら、ヘビに変身中の美奈子は聞こえるだろうと、なんとなく納得はできた。ついでにふたりの弟子に対する疑問は、この際省略。とにかく実体験でなにかがわかる――としか理解のしようがないのだ。

 

 その弟子――双子の姉のほうである千秋が現場近くで、急に足を停めた。それから白コブラが千秋から離れて床に下り、ひとり(ヘビでも人間が変身している姿なので、ひとりとして数える)で先行していった。

 

「美奈子さん、どげんする気ねぇ! この先危ないかもしれんっちゃよぉ!」

 

 友美は美奈子の先走り的行動に驚いた。もちろんすぐに大声をかけたが、当然ながら、美奈子からの返事はなかった。

 

 もともとコブラの姿では、返答のしようもないだろう。その師匠の代わりであろうか。千秋が明快に答えてくれた。

 

「大丈夫や♡ とにかくこっから先は、うちに任せはってやって師匠が言うとるさかいにな☀ そやから千秋も師匠が『来て』って言うまで、ここで待っとくことにするわ✌」

 

「それでほんなこつ、よかっちゃね? まあ、美奈子さんがそれでええ言うたら、そんとおりするしかなかっちゃけどぉ……いったいこん先で、なんが起こっとるんやろっか?」

 

 その気になれば、友美も魔術で事態の打開を図れるであろう。しかし今は、美奈子にすべてを託すしか仕方のない心境になっていた。しかもこのとき、もうひとつの不安が友美の胸にめばえていた。それは衛兵隊との同行に戻った孝治の身に、なにかが起こっとるんやなかっちゃろうか――という気持ちであった。

 

「……なんか急に、孝治んこつ心配になってきたばいねぇ……☁」


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