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『剣遊記V』

第五章 地下迷宮の捕り物帳。

     (16)

 猫族特有の特殊な感覚が、獲物の存在を嗅ぎつけていた。

 

 猫の獲物と言えば、当然ネズミである。

 

(こっちの方角みたいっちゃね☞ ワーラットがおるらしいんは♐)

 

 獲物を感知すれば狩りたてずにはいられない猫族の本能が、取り憑いている涼子の霊体にまで、先ほどからビンビンに感じられた。

 

 おまけに幽体では経験しなかった空腹感までが、腹の部分に生じていた。これも死んで以来(?)、ひさしぶりに味わう生の感覚であった。

 

(慌てない、慌てんと♥ 御馳走はもうすぐやけね♥)

 

 確実にあせりを生じさせている三毛猫――朋子の体を鎮めてあげるつもりで、涼子は感覚の示す方向へと、歩みを速めた。この本能に負けてしまい、涼子は自分の肖像画探しを、一時中断したのだ。しかしその先では、これもすでに三毛猫――涼子の耳まで届いているのだが、人の叫び声と大量にいるとしか思えないネズミの鳴き声が交雑して、まさに大混乱の様相となっていた。

 

(あらま? なんかどエラいことになっとうみたい☆)

 

 これはとんでもないことが起こっていると直感した涼子は、現場への足をさらに急がせた。すると到着するなり、涼子が目撃した光景。それは地下室全体で蠢くネズミの大群と、必死になって戦っている孝治たちの奮闘ぶりであった。

 

(なんねぇ、これって!)

 

 実際ネズミの数は、涼子の予想を遥かに超越していた。さらに本心でいえば、ネズミなんか猫がかかれば一発ばい――とも、勝手に考えていたのだが――それも無理無理そうな有様なのだ。

 

 とにかく幽霊になって以来(?)、ある意味怖いもの知らずを自認していた涼子であった。でもこの大群勢には、正直言って気が引けた。

 

(まさか……これ全部がワーラットの集まりやなんち言うんやなかでしょうねぇ……☠)

 

 涼子は内心でビビりながら思った。もちろん日本全国にいったいどれほどのワーラットが存在するかなど、まったく数は把握されていない。

 

 だからと言って、日本中のワーラットが全部この場に集まっているなども、まったく有り得ない話である。

 

 まずは自分の気を落ち着かせるため、首を二、三回振ってから、涼子は天井を見上げてみた。するとそこに、群れに加わっていないネズミが一匹。梁{はり}の上から下の状況を眺めている姿が、涼子の現在猫目に映った。


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