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『剣遊記V』

第五章 地下迷宮の捕り物帳。

     (14)

「おい! 邪牙!」

 

 大乱戦の最中だった。怪盗団の親分が、子分の小男を呼びつけた。

 

「へ、へい! なんですか?」

 

 すぐに小男――邪牙が、親分の元へ駆けつけた。

 

 現場は混乱しているが、けっこう小回りの利く男である。そんな邪牙に、親分が小さめの声でボソリとささやいた。

 

「おまえ、またネズミになって、おまえの手下ば呼べ☞」

 

 当然邪牙は、目ん玉を大きく見開いた。

 

「な、なしてですか? こげな非常時に……☢」

 

「馬っ鹿野郎!」

 

 なんだか理解できない様子でいる邪牙に、親分が怒鳴りつけた。もはや小声は返上の格好で。

 

「おまえの力でネズミどもばたくさん集めて衛兵どもを大混乱させりゃあ、そん隙にオレたちが逃げられようが! こんまんまじゃ全員、お縄になってしまうとばい!」

 

「あっ、なぁ〜るほど☀ それやったら任せておくんなせぇ☆」

 

 親分の命令にようやく納得をした時点で、邪牙の体内にある変身回路が、早くも作動を開始した。

 

「それでよかっちゃよ☻ もっと早よ気ぃつかんかい☜」

 

 いまだブー垂れる親分の見ている前で、小男の体が、みるみると縮小。わずかな時間で全身が灰色の毛に包まれた、小さなネズミと化していた。

 

「ちゅちゅーーっ!」

 

 種類としては、クマネズミであろうか。ネズミへの変身を遂げた邪牙が、ひと際甲高い鳴き声を上げた。

 

「ちゅちゅちゅちゅーーっ!」

 

 さらにその鳴き声が、人の耳には聞き取れない音波に変質。地下道全体に広がっていく。

 

 それこそ上下水道を問わず、市内の各地下通路や裏通りのゴミ捨て場などへ。

 

「よっしゃ! あとは頼んだばい!」

 

 これでもう大丈夫と言わんばかり。親分は残った数人の部下を引き連れた。最後にひとつだけ、唯一バレずに残っている地下空間の奥にある秘密通路から、一目散に逃げようとするために。だが、そのときだった。

 

「そうはいかんぞ!」

 

 大門を先頭にする衛兵隊が、秘密通路の現場へなだれ込んできた。

 

 もちろん孝治(友美、美奈子たちとは別行動を取った)と秀正。狼こと正男もいっしょにいた。

 

「げえっ! 遅かったあ!」

 

「どけえっ!」

 

 悲鳴を上げた子分のひとりを、もはや邪魔者扱い。大門が簡単に右足で蹴り倒す。ここでついに、大門と怪盗団の親分が初対面。すると大門の頭に、なにかがピン💡ときたらしい。

 

「おっ? 貴様の顔……なんか見覚えがあるぞ?」

 

 改めて甲冑付きの右手で、両目をゴシゴシとこすった(ふつう、痛いぞ)。さらにしっかりとまぶたを見開いて見つめ直した。

 

「……確か、帝都京都市は言うに及ばず、東の東京市においても悪事の限りを尽くしまくっておった……日本全国にその名も高き、九州出身と言われておるお尋ね者……亀打保{かめうつぼ}ではないかぁ! ひさしゅうあちらで噂を聞かんと思うとったら、地元に帰っておったわけだなぁ!」

 

「くっそぉ! バレたけえ!」

 

 怪盗団の親分が、『はい、そうです☆』と言わんばかりに吼え立てた。簡単に自分で白状するなんち、こいつ本当は馬鹿やなかろっか――と、大門と亀打保のやり取りを見ていた孝治は思った。

 

 それはとにかく、時代劇調にますますの磨き。大門が配下の衛兵たちに、大声で号令を発した。

 

「皆の者ぉ! こやつを捕えれば恩賞は望みしだいぞぉ!」

 

「おおーーっ!」

 

 実際これで、衛兵たちの士気は、間違いなく上昇した。おかげで孝治までが、乗せられてやる気となる始末。

 

「やったぁーーっ! おれにも資格ありっちゃねぇ!」

 

 ところがふと気がつけば、自分の左横にいる狼――正男が、おかしな動作を繰り返していた。

 

 なぜか鼻を上に向け、周囲の臭いを嗅いでいるのだ。

 

 孝治は気になって尋ねてみた。

 

「あれ? どげんしたとね、正男……☁」


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