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『剣遊記V』

第五章 地下迷宮の捕り物帳。

     (10)

 怪盗団の親分が『衛兵隊が来たやとぉーーっ!』と叫んだのは、まさにこのときだった。

 

 牢屋から脱走したゴブリン族の追い回しで夢中になっていたとはいえ、彼らは衛兵隊の侵入に、まったく気づいていなかったのだ。

 

これはとても大きな不覚であろう。

 

「えーーい もうゴブリンなどほっとけえ! 逃げるが先たぁい!」

 

 さすがに悪人だけあって、逃走の決断は早かった。せっかく捕まえたゴブリンも置き去り。捕まえきれなかった者はほったらかしにして、怪盗団全員が、親分のあとに従った。

 

 そこへ一番に殴り込みをかけた男が大門だった。

 

「くぉらあーーっ! 遠からん者は音に聞けぇ! 近くば寄って、目でも見よ! 我こそはこの北九州市衛兵隊においてその名も誉れ高き大門家当主、大門信太郎なるぞぉ! 我が愛刀『虎徹』のサビとなりたい者はそこへなおれぇーーっ!」

 

 しかも隊長ひとりで、刀を振り回しての大熱演。これではやはり危なっかしくて、味方でさえも近寄れない。

 

 この大門の雄叫びには孝治はもちろん、秀正も呆れ気分のようでいた。

 

「あのおっさん、ひとりで時代劇しようばい☞」

 

「酒屋で会{お}うたときの渋さっちゅうのが、いっちょもなかっちゃねぇ☹ もしかして二重人格……いんや三重け?」

 

 だがこれにて、怪盗団がさらに慌てふためく事態となった展開も、またひとつの事実。

 

「ひ、ひえーーっ!」

 

「来ちまったばぁーーい!」

 

 現に彼らは武器はおろか、せっかく盗み貯めた金銀財宝の持ち逃げすらできず、ひたすら逃走用のつもりであったのだろう。秘密の抜け穴らしき通路へと、せっせと逃げ込むばかり。たとえ悪あがきででも抵抗しようなど、まったく不可能な体たらくとなっていた。

 

 なお、『つもりであったのだろう』と表現した理由は、逃走用の抜け道に駆け込む様子を、孝治たちや衛兵隊の面々から、まともに見られていたからだ。

 

 とにかくバレてしまえば、秘密もなにもあったものではない。

 

 ついでに説明をしよう。抜け道は宴会をやらかしていた部屋の壁の一部が、くるりと回転する仕掛けになっていた。 しかし、水道を建設した工夫が、このような隠し通路を造るはずがない。だからこればかりは、怪盗団の自前であろう。

 

 もちろん大門隊長を始め衛兵隊が、この逃走を黙って見逃すはずもなし。

 

「くぉらあーーっ! おとなしゅうお縄につかんかあーーっ!」

 

「誰がおとなしゅうお縄につくとやぁーーっ!」

 

 逃げようとしている怪盗団と、それをとっ捕まえようとする大門率いる衛兵隊の間で、たちまち敵味方入り混じっての大乱戦。おまけに地下の閉鎖性と薄暗さが、さらなる混乱への拍車をかけていた。


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