『剣遊記V』 第五章 地下迷宮の捕り物帳。 (1) 怪盗団が窃盗と逃走に悪用している通廊は、市内のあらゆる場所に敷設されている地下水道であった。
その通路で怪盗たちのあとを付かず離れずしながら、白コブラに変身中である美奈子は、密かに尾行を続けていた。
(ふぅ〜ん、地下を使えばどこの建物とも繋がっとるさかい、盗みに入るんも逃げるんも、自由自在ってわけでおますんやなぁ☞ 悪人ながら、よう考えてまっせ✍)
ちなみに美奈子が蛇に変身をした利点はまず、その暗視能力――というよりは、人間の目には見えない赤外線を感じる器官(蛇類の鼻先に存在する)が備わっている理由にあった。
これはピットと呼ばれる熱源を探知する蛇の特殊能力で、コブラに変身している美奈子にも、この能力がしっかりと受け継がれていた。
また、体が細長くて、どのような隙間にでも潜り込める合理性も重要。これにて尾行が見つかる危険性も、極めて少なくなると言えるのだ。
ただ難を言えば、全身が見事な白色。これでは暗闇で、わざわざ自分の姿を目立たせている感じもあった。しかしこれは美奈子の趣味であるから、ある程度(?)は仕方がないかもしれなかったりして。
無論美奈子自身も、そこのところはちゃんと心得ていた。おまけに怪盗たちも、まさかうしろから白蛇が尾行をしていようとは、恐らく夢にも思わないであろう。だから対人以外の警戒は、まったくおろそかとなっているに違いない。
一応、希望的観測ではあるが。
つまりよほどの悪運でもない限り、白が尾行に差し支える恐れはない――と、美奈子はなかば楽観的に考えていた。
その美奈子が追跡を続けている怪盗団は、子供くらいの身長しかない囚われ人たちを足で蹴り、鞭で叩きながら、重い金庫を運ばせていた。
皮製鞭のような凶器を使用するくらいである。彼らをまったく、人として扱ってはいなかった。それに加えて先ほどから、一度たりとも休憩を与えていないのだ。
この哀れな金庫運び人たちは、美奈子の知識に存在する者だった。
(あの方たち……ゴブリン{小鬼}族やおまへんか……✎)
ゴブリン族とは、人里から遠く離れた山中で、小さな集落を作って静かに暮らす、亜人間{デミ・ヒューマン}の一種族である。
しかし、昔(ほんの五十年前と言われる)は人に害を為すなどと勝手な言いがかりをつけられ、理不尽な迫害を受けていた時代もあった。
中には彼らの容姿が醜怪だからと、差別を正当化する輩もいた。だがそのような発想は、傲慢な人間のせまい視野を基準とした、一方的な価値観でしかないはずである。彼らは彼らなりに、生物の進化の頂点に達しているのだ。
(あの方たち……たぶん、どこかの山であいつらにさらわれて、奴隷にされとるんどすなぁ☁)
証拠は今のところなにもないが、状況から見て、そのようにしか思えなかった。
いつもは私利を、自身の行動原則とする美奈子ではあった。だが、さすがに瞳の前で無慈悲な虐待が行なわれているとあっては、胸に怒りが込み上げるというものだ。
だけど、白コブラに変身中の現状では、現在他の魔術が使えない。ひとつの魔術を継続で使用中の場合、どんなに優秀な魔術師でも、術の重複は不可能なのだ。
だからと言って元の姿に戻れば、美奈子は一糸もまとわぬ姿格好を、この場で公開する破目となる。
周囲が女性だけならまだ良しとして(孝治もOKって、前述済みか☻)、野郎ども――それも悪人ばかりが周りにいる状態において、これでは恥ずかしくて魔術で思いっきり戦える状況ではない。
ゴブリン族たちには気の毒であるが、ここは今しばらくの辛抱をお願いするしかないだろう。
(もう少しだけ待ってておくれやすね、ゴブリンはんたち♠ もうすぐ千秋と千夏が孝治はんたちを連れて来はると思いますさかい……♐)
美奈子は信じて疑わなかった。千秋と千夏ならば、まったく迷わずに自分のあとを追って来れるやろうなぁ――と。
これは理屈ではなかった。双子姉妹には本当に、その能力があるのだ。だからこそ美奈子は愛弟子たちを残し、自分ひとりだけで怪盗団の追跡を決行したのだ。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |