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『剣遊記 超現代編T』

第一章  某漫画家の転換、分裂!?

     (3)

 目に見えないくノ一が外の空間に出ると(繰り返すが、孝治の住んでいるマンションは十階建て。つまり地上から二十メートル近い高さである)、そこにはさらに、ふたりの女性が待っていた。ただし単純に『待っていた』と表現しているのだが、この場は孝治の住んでいるマンションの、さらに頭上二十メートルほどの高さの空中である。まさに足場どころか綱渡りのロープさえ皆無な場所に、ふたりの女性がごくふつうに、二本の足で立っているのだ。

 

 そこへくノ一が帰還をした。

 

『師匠、お待っとうさん

 

『どないな状況でおますかいな

 

 くノ一が帰ってくるなり、師匠と思わしき女性が問い掛けた。その姿は(地上の誰からも見えないのだが)全体を黒一色に染めた、まるでアラブの女性のようなマント風の黒衣となっていた。だけど実際のアラブ風のように瞳を残して顔全体を隠しているわけではなく、ふつうに表情は見えていた。

 

 そのアラブ風黒衣である師匠の問いに、くノ一が答えた。

 

『へい、下のニーちゃんなんやけど、なんでか知らんのやけど、女になりたいなんてけったいなこと言ってまんのやなぁ、これが♀♂』

 

『女子{おなご}はんに……どすか?』

 

 くノ一の返答を聞いたとたんだった。黒衣の女性の切れ長な瞳が、真の円形へと早変わりした。ちなみに理由は不明だが、くノ一は大阪訛り、黒衣の女性は京都訛りのようである。

 

『ほんま、けったいな願望どすなぁ☻』

 

 その京都訛りである師匠の口調は、完全に呆れた感じとなっていた。

 

『チナちゃんもぉ、そう思いますですうぅぅぅ☀』

 

 ついでにこのとき、黒衣の女性の右横で宙に浮かんでいる女性――と表現するよりも、幼い少女が、初めて口を開いた。

 

『そんな愉快なお兄ちゃんだったらぁ、チナちゃんもぉ見てみたいですうぅぅぅ♐ チナちゃん、チアちゃんの次にぃ行ってもいいですかぁ?』

 

 『チナちゃん』が幼い少女の名前らしい。とにかくそうなると、『チアちゃん』と呼ばれたくノ一は、これが本名となるわけか。しかもこのくノ一――チアと、幼い少女――チナの顔立ちは、服装以外は完全にうりふたつとなっていた。つまり一方はくノ一で、もう一方は街のお嬢ちゃんみたいなヒラヒラメイド姿。説明が面倒なのだが、これまたぶっちゃけて言えば早い話、ふたりは双子の姉妹なのである。まあ言葉遣いなどでわかると思うが、チアが姉でチナが妹のほう。

 

 そんなある意味たくましいくノ一風の姉とはまったく対照的に、妹のほうはいかにも女の子らしさ満点である、可愛らしいアキバ風なのだ。姉妹で同じ色系統と言える茶色の髪は、姉がうしろに長く束ねているポニーテールとは違って、妹はふわふわとしたパーマ風。しかも大きなヒマワリ型のアクセサリーが、これまた大きな特徴であった。

 

 その妹――チナちゃんからの懇願を受けた黒衣の女性が、ふむふむとうなずいた。

 

『そうでんなぁ……もう一回様子を見たほうがよろしゅうおますんやろうなぁ♡ てなわけで、今度はチナはん、お願いしますわ♡☞』

 

 双子との付き合いも長い黒衣の女性は、チナの言葉に従った。特に止める理由も無さそうなので。

 

『はぁーーいっ! 行ってきますですうぅぅぅ♡☀♡ ミーナちゃぁ〜〜ん☀☀』

 

 チナが右手をいっぱいに振って、眼下のマンションに向かい、音もなく降下した。翼もなにもなく、まったく素手の格好のままで――である。

 

 さらにさらについでだが、『ミーナ』と言うのが、黒衣の女性の名前のようだ。


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