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『剣遊記超現代編T』

第一章  某漫画家の転換、分裂!?

     (2)

 そうは言っても、孝治は簡単には寝付けなかった。

 

 そのようなときにできる行ないと言えば、ただひとつ。孝治はベッドの上で仰向けとなり、天井を見上げながらでつぶやいた。

 

「女ん子の気持ちけぇ〜〜☁」

 

 隣りの部屋では涼子が就寝しているので、大きな声にはならないよう、発声には厳重に注意をしていた。

 

「……今まで男向けばっかの漫画ばっかし描いてきよったけ、いきなりラブコメ漫画の女ん子の主人公ば描けなんち、今のおれには無茶ブリもええとこっちゃねぇ☢ いっそんことおれが女ん子やったら主人公の気持ちがわかって、ほんなこつ良かったんかもしれんちゃねぇ☻」

 

 前述したとおり、隣りの妹には聞こえないように注意をしている小声である。ところが今の孝治の愚痴を、しっかりと耳に入れている者がいたのだ。

 

『ふ〜ん、いっちょ前の男んくせして、女ん子になりたいやてねぇ☞』

 

 この声は隣りの部屋にいる涼子はおろか、孝治の耳にも聞こえていなかった。いや、それどころか姿もかたちも見えていない。

 

 声の主である人物――ぶっちゃけて言えば女の子であるが、彼女は孝治の住んでいるマンションの部屋の中に、まるで空気のようにして忍び込んでいた。いや実際に部屋のド真ん中で、完全に風船のようにして浮かんでいた。

 

 しかし姿こそ一般人(孝治など)には見えないものの、彼女のくわしい描写は必要であろう。その姿は昔の時代劇に出てきそうな野性味あふれる女忍者――いわゆる『くノ一』スタイル(色は茶色混じりの黒)。髪型も長い茶色系の髪を、うしろできちんと束ねていた(ポニーテール)。

 

『とにかくここに、ひとりの迷える子羊がおるっちゅうことやな♐✌』

 

 その『くノ一』風スタイルである彼女が、自分の体を部屋の天井まで、音も無く上昇させた。

 

 さらにそのまま横に移動。大きな窓ガラスをまったく障害とせず、すっと通り抜けていく。

 

 まさに影幻{かげまぼろし}のごとく。そんな彼女が、部屋から出る寸前につぶやいた。

 

『まずは師匠に報告やな✌ ここにええ、練習台になる迷えるニーちゃんがおるでってな☞』

 

 この間孝治自身は、とうとうなにも知らないまま。


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