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『剣遊記Z』

第二章 冒険にはおまけがいっぱい。

     (3)

 孝治も友美も、徹哉にいったい、なにを尋ねたらよいものやら。そもそも徹哉は最初に挨拶を行なったものの、そのあとはずっと、ポーカーフェイスを続けたまま。つまりはなにを考えているのかさえ、さっぱりわからないのだ。

 

「あ、あのぉ……☁」

 

 まずは友美が、対話の糸口を見つけ出そうと思ったらしい。小声で徹哉に話しかけた。友美にしては緊張のせいか、口調がどこかおどおど気味になっていた。

 

「徹哉さんは……どこのご出身なんですかぁ?」

 

『ふつう過ぎる質問ちゃねぇ☻』

 

「しっ!」

 

 どんなときでも傍観者でいられる立場の涼子が、ここでもからかい気味にささやいた。それを孝治は、口元に右手の人差し指を立てて止めさせた。もちろん徹哉にも、幽霊は関知できていない――と思うのだが。

 

「ボ、ボクノ出身ナノカナ?」

 

 友美の(ふつう過ぎる)質問に、徹哉が答えた。ただし、相変わらずの硬そうな口調はそのまま。首を左に傾けながらで。

 

「ソ、ソウナンダナ。ボ、ボクニ出身地ト言エル概念ガアルトスレバナンダナ。一応、愛知県ノ名古屋市ダト言ッテ差シ支エナインダナト想定デキルンダナ」

 

「差し支え? それにどげな意味があると? それにいっちょも、名古屋弁になってないみたいなんやけどぉ……?」

 

 名古屋弁といえば、店長の『インチキ名古屋弁』が未来亭では定番だが、それでもだいたいの感じはつかめていた。しかし、肝心の名古屋出身を自称する徹哉本人が、まるっきりの『訛り』なしなのだ。

 

 この友美の疑問に、徹哉が一応答えてくれた。

 

「ソレハ、ボクノ言語回路ニハ名古屋弁ハいんぷっとモぷろぐらむモサレテイナイカラナンダナ。デモコレモヤッパリ、差シ支エノナイコトナンダナ」

 

「は、はあ……♋」

 

 さらなる友美の疑問にも、徹哉の返答はやはり変。まるで訳のわからない単語の羅列で、友美の瞳が見事な点となっていた。その横から、孝治も徹哉に尋ねてみた。

 

「おれからも訊いてよかっちゃね?」

 

「ドウゾ、ナンダナ」

 

「それっちゃ! そんしゃべり方☠ なんかイライラするっちゃねぇ♨」

 

 質問の出鼻を挫かれた思いとなった孝治は、尋ねるよりも先に文句が口から出た。

 

「孝治、そげな言い方って失礼ばい☹」

 

 おかげで友美から注意をされる始末。その文句の矛先である徹哉が、すなおにペコリと頭を下げた。

 

「ドウモ、スイマセン、ナンダナ。デモ、ボク自身、ドウシテコンナシャベリ方ニナッテシマウノカ、全然ワカラナインダナ。コレハボク自身、取リ扱イニ注意ハシテイルコトナンダケドナ」

 

「……♋」

 

「……♋」

 

『……♋』

 

 これには居並ぶ三人(涼子含む)、口ポッカリの有様。

 

「よ、よかっちゃよ☹ おれも少し言い過ぎたっちゃけ☁」

 

 日本人の性癖として、相手が上向き気味だと、こちらもとことん上向きになれる。だが反対に相手が下手{したて}だと、逆にこちらも上げた拳{こぶし}の下ろし先に困る事態となる。孝治もその典型を、見事に遺伝させていた。

 

「ま、まあ、しゃべり方なんち、慣れればいっちょも気にならんもんやけ☀ それよかとにかく仲良うするっちゃね☆」

 

 前言など簡単に撤回。孝治は笑いながら、徹哉の両肩をポンポンのつもりで、右手で叩いてやった。このときカンカンカンと、またも人間離れした音が鳴り響いたが、この件については、もはや不問にした。

 

「ハイ、仲良クスルンダナ。ソレデハボクカラモ、ゴ質問サセテモラッテモイイノカナ?」

 

 そんしゃべり方が気ぃ障るっちゃねぇ――などとは、これ以上突っ込まない。とにかく孝治は引きつった笑みを、無理は承知で徹哉に返してやった。

 

「ああ、なんでもおれに訊いちゃってや☝ 戦士の仕事のあれこれっとかね✍」

 

 しかし徹哉の質問とやらは、実に単刀直入。そのものズバリ的な問いだった。

 

「孝治サンハ、女性たいぷデアラレルノニ、ドウシテ『おれ』ナドト、男性たいぷノ言語ヲ使用スルノカナ? ボクノ頭部ニアルこんぴゅーたーノでーた・ふぁいるニモ、ソノヨウナ事例ノすとっくハ無インダナ」

 

「はあ?」

 

 意味不明な語句の並んだ徹哉の問いに、孝治はなにも答えられなかった。しかもふだんならここで、孝治の男女ネタで大笑いしてくれるはずの涼子と友美でさえ、瞳を丸くしている状態。不思議なもの言いをする徹哉を、ジッと見つめるだけでいた。

 

『ねえ……徹哉くん今、なんち言うたと?』

 

「……わ、わたしもわからんかったっちゃよ? なんか……『こんぴ』だの『でたふぁ』だのっち……?」

 

 そこへちょうど良く――と申すべきであろうか。

 

「やあ、すまない。すっかり遅くなったがや」

 

 黒崎が執務室に戻ってきた。

 

「今のお客さんは、仕事の依頼だったんだがね。それも孝治にピッタリの仕事のね。この際ちょうどいいから、徹哉もいっしょに連れて行ってほしいがや」

 

「は……はい☁」

 

 孝治は半分放心している思いでうなずいた。

 

 これにてとにかく、孝治たちの徹哉に対する謎の疑問は、一時中断と相成った。


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