『剣遊記12』 第一章 戦士はつらいよ、望郷篇。 (6) 孝治は立ち去る正男の背中を見て、つい軽い調子でプッと噴き出した。
「うわっち☺ 正男のやつ、フラれてやんの☻♪」
ところが同時に、あるひとつの事実を思い出したりもした。
「そげん言うたら珠緒さんって、前に可奈さんから聞いたとやけど、ワーウルフ{狼人間}なんやっちねぇ☞ 実は今出てきた枝光正男も、おんなじワーウルフなんばい✍ 知っちょった?」
「ええーーっ? そうじゃあんかぁ?」
これは珠緒にとって、どうやら本当に初耳の話だったようだ。そのためなのか、両方の瞳を真剣、丸く大きく開いていた。
孝治はなんだか、おもしろくなってくる気持ちで答えてやった。
「そうなんばい✌ やけんおれとしちゃあワーウルフ同士で、けっこうええ仲になるっちゃなかろうかっち思うたんやけどねぇ♪」
「そんなこと、あんかでもねーよ☻」
初めは孝治の話でビックリしたものの、珠緒はすぐに、元の平静な顔に戻っていた。おやつのあとの玄米茶を飲みながら、大した感慨もなさそうにして。
「別にワーウルフがワーウルフを好きにならんでもいいじゃんかよー♐ それにわたし、今の正男って人、なんだかあんべぇ良過ぎてわかんねー人だから、あんまり好みじゃねーべぇ☀」
「へぇ〜〜、そげなもんけぇ♪」
孝治も軽い調子で返しながら、内心で珠緒のセリフに納得していた。理由は自分自身で思えば確かに、心当たりがいっぱいあるからだ。その心当たりを、孝治は無意識的につぶやいた。
「……そげん言うたら、うちの店の相関図はムチャクチャ複雑っちゃねぇ♋ 口で言い出したらキリがなかっちゃけど、人間やら亜人間{デミ・ヒューマン}やら、そーとー入り組んじょるけねぇ☻ おっと、そげん言うたらウンディーネ{水の精霊}の彼氏である裕志が、そろそろ帰ってくるころっちゃねぇ✍」
などと孝治の独り言が、一応終了したときだった。珠緒がポツリと言ってくれた。
「でも、そんな風に言ってるあなただって、本当は中身は男で、体だけが女の子じゃんかよー☜ それで人のこと言うだけじゃなくて、まともに恋愛関係ができるんかよー?」
スデーーンと、孝治は物の見事、椅子から引っくりコケちゃった。
「あらぁ? ちょっと悪いこと言ったべえかなぁ?」
珠緒は孝治の急なズッコケを、意外そうな顔でテーブルの上から見つめていた。だがやはり、孝治の精神的打撃は、相当に大きかった。
「……そ、そん話……たぶん可奈さんから聞いたっちゃろ☛ よう考えてみりゃあ、珠緒さんにはまだ言うてなかったけねぇ✄」
床に手ひどく打ちつけた尻を右手でさすりながら、孝治はよろよろと立ち上がった。そのカッコ悪い姿を瞳の前にしても、珠緒はケロッとした顔のままでいた。
「ええ、そうだえ✌ 可奈さんったらこの未来亭のこと、隅から隅まで全部わたしに教えてくれたんだべー✍ だからわたし、この店のこと、ほとんど知り尽くしちゃったみたいじゃん✎ 例えばあなたがずっと昔に魔術の事故で、男から女に変わったってことっとかね☚ さっきの正男さんみたいに、まだ知らんかったこともあるけど……あっとわたし、その可奈さんとゆんべ約束したことがあるから、そろそろ行かなきゃ☆ それじゃまただえー♪」
けっきょくおやつが済んだところで珠緒が元気良く、一度座り直した椅子から再び立ち上がった。それから孝治に向けて右手を振りながら、さっさと階段を上がって行く。
向かう先はどうやら、可奈の部屋のようだ。
そんな珠緒の背中を眺めつつ、孝治は声を小さめにして、先ほどと同じつぶやきを繰り返した。
「珠緒さんってのも、ようわからん性格ばしちょうみたいっちゃねぇ〜〜♋ やっぱ『類は友ば呼ぶ✌』ってな感じで、未来亭に呼び寄せられたっちゃねぇ☻」
おまけで言えば、あの冷酷非情な性格だと思っていた可奈が、意外なほどにおしゃべりだった事実。これも今日、初めて知った驚くべき話だった。
そんなところで入れ替わりであろうか。孝治の本当のパートナーである、魔術師の浅生友美{あそう ともみ}が飛んできた。
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