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『剣遊記12』

第一章  戦士はつらいよ、望郷篇。

     (5)

「はぁっ、はぁっ、へぇーーっくしょおーーい!」

 

 未来亭住み込みの戦士――鞘ヶ谷孝治{さやがたに こうじ}は店の酒場の隅で、ド派手な大クシャミをブチかました。

 

 時刻は夕食前の、おやつの真っ最中。差し入れである梅ヶ枝餅(帰省していた田野浦真岐子{たのうら まきこ}のお土産)を食べているときだった。

 

「急にどうしたんよー、風邪ねー?」

 

 心配そうに孝治の顔を覗き込んだ者は、同じ未来亭に最近仲間入りをした、野伏の藤ノ木珠緒{ふじのき たまお}。彼女はなぜか、戦士である孝治と妙にウマが合い、今もこうして、いっしょにおやつを食べているわけ。

 

「い、いやぁ……風邪やなか、みたいっちゃね♐」

 

 その珠緒に孝治は、赤い顔になって応じ返した。本当に熱があるからではなく、少し恥ずかしいような気持ちになったものだから。

 

「今のはなんか……おれの勘でわかるとやけど、誰かがおれの噂ばしたようなクシャミっちゃね☠」

 

「それって誰じゃん?」

 

 珠緒のただでさえ丸い瞳が、これにてさらに丸みを増した。

 

「なんかわかんねーけど、それって戦士の勘じゃんかよー☞」

 

 孝治は思わずで苦笑した。

 

「ま、まあそげんなるっちゃろうねぇ★ ちょっと違うかもしれんちゃけどぉ……ただ、今んクシャミには、でたん邪悪な意思ば感じたっちゃけどねぇ☹☢」

 

「ふぅ〜ん、やっぱようわかんねーけど、戦士って職業も大変だんべー♠♣」

 

 これまた理由はわからないのだが、珠緒は孝治の話に、けっこう感心しているご様子でもあった。このような明るい話題(?)の場に飛び入りで現われた者が、盗賊である枝光正男。

 

「よっ♡ こりゃまた珍しかおふたりさんの組み合わせっちゃねぇ☆」

 

 孝治は興味薄げな気持ちで、正男に応じてやった。

 

「なんや、正男け☹ 今度の宝探しは、もう終わったんけ✐?」

 

 しかし正男はと言えば、孝治よりも同じテーブルの左側に座っている新人野伏――珠緒のほうばかりに目を向けていた。

 

「おおっ♡ 君があたらしゅう入った藤ノ木珠緒ちゃんやね☀ 話は聞いちょうばい☆ 今度また発掘仕事がおれんとこに来たら、いっしょに行くっちゅうのはどげんや♡ おれがいろいろ教えてやるったいね☆」

 

 どうやら正男は、珠緒が気に懸かっている感じ。盛んに自分の売り込みを図っていた。

 

「う〜〜、そうだんべー?」

 

 珠緒のほうも、一応満更でもなさそうな笑みを、正男に返していた。しかし、すぐに椅子から立ち上がってひと言。

 

「ごめんねー☹ わたし、あした可奈さんの仕事について行くことになってんだえー✈ だからまた次んときにお願いだんべー✄

 

 やんわりとした態度で、見事にお断りそのものの返事を戻した。『次』とは一応言っているが、実際に『次』は無いだろう。ちなみに『可奈』とは、やはり未来亭に住み込んでいる魔術師――椎ノ木可奈{しいのき かな}のこと。

 

「そげんね……まあ残念ちゃけど、また今度ね……♥」

 

 だけど軽い肘鉄を喰らった割には、正男は潔く、孝治と珠緒の前から引き揚げていった(今回正男の出番はこれだけ。夢のシーンも合わせて、真に残念)。


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