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『剣遊記12』

第一章  戦士はつらいよ、望郷篇。

     (10)

 街道から外れ、荒生田と裕志が分け入った山奥の獣道の先に、小さな泉と滝があった。

 

 それ自体は、別になんてことはなかった。日本――いやいや世界のどこの山道でも少し散策をすれば、これくらいの寄り道個所は、それこそゴロゴロと転がっているものであるから。

 

 しかし問題は、その小さな滝(落差五メートルくらい)の下の泉で、この日本国ではほとんどお目にかかれない巨獣が、悠々と水浴びをしていることにあった。

 

「裕志……あれなんて動物や?」

 

 戦士のくせして、その付近(動物学)の知識に乏しい荒生田が、草むらの陰から滝ツボを覗き見しつつ、後輩魔術師の裕志に尋ねた。

 

 しっかりとサングラス😎を光らせながらで。

 

「え、え、え〜〜っと……あ、あれはですねぇ……☁✍」

 

 先輩からの問いに答えようとしている裕志は、なぜか鼻血をポタポタと垂れ流しの状態。

 

「……あ、あれはですねぇ……ぞう……そうです! 象{ぞう}ですっちゃよ! あげん体が大きゅうて鼻があげん伸びちょう動物なんち、やっぱし象しかおりましぇん! ぼくも動物園で、本モンば見たことありますっちゃ!」

 

 返答の口調も、裕志はなぜか裏返った声になっていた。

 

「ふぅ〜ん、象けぇ〜〜✒ あれが噂に聞く象ってやっちゃねぇ〜〜☆」

 

 後輩の返答に、荒生田は偉そうな感じでうなずいた。しかしその三白眼は、実は象とか言う大きめな動物の方向には向いていなかった。

 

「なるほどねぇ〜〜♡ 日本には動物園にしかおらんような象がここにおるっちゅうことは、あの象は野生やのうて飼われとう象っちゅうことやね♡ で、飼い主はあそこの彼女っちゅうことけ♡」

 

「……き、きっと、そうですっちゃね……♠♐」

 

 荒生田の再度の問いに、裕志はこれまた裏返りの声で応じた。

 

「か、飼い主なんですから……象ば水に入れて体ば洗ってあげよんでしょうねぇ……自分も裸になっちゃって……☢」

 

 そうなのであった。裕志は女性の裸を目の前にして、恒例の鼻血をこぼしていたのだ。

 

 反対に荒生田は、これまた恒例。鼻の下を見事にグゥ〜ンと伸ばしていた。このふたり(荒生田と裕志)はとにかくとして、滝の下の泉で全身真っ裸の若い女性がひとり。明るい太陽の元で象といっしょ。優雅な水浴を堪能している光景が、荒生田と裕志の眼前で展開されているわけ。

 

「よかやねぇ〜〜♡ 象ば洗ってやりようついでに、自分もマッパになって川遊びっちゅうことやね♡ それにしても大胆っちゃねぇ〜〜♡」

 

 裕志とはまさに百八十度違って、女性の裸に強力な免疫性のある荒生田なのだ(いったいどこで鍛えたものやら)。鼻の下をさらにグゥ〜〜ングゥ〜〜ンと伸ばしながらで、滝壺の光景に三白眼を張り付けにしていた。その目線の先にある滝ツボでは、髪を短めにカットしている(つまり短髪)、見ようによっては少年のようにも感じられる女性が(見た感じでは、年齢は恐らく荒生田たちと同年代。裸でなければ、本当に性別がわからなかったかも)、とても仲が良さそうに見える巨象の体に両手を使ってバシャバシャと、泉の水をかけ続けていた。

 

 すごく大きくて灰色の体色をした象と、全身日焼け気味ながら、見事に均整の取れた裸の格好である女性が、同じ場所に存在している幻想的場面。これはまさに芸術家が泣いて喜びそうな、美しき絵画の光景であったのだ。


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