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『剣遊記12』

第一章  戦士{おとこ}はつらいよ、望郷篇。

     (1)

 ゴォ〜〜ン、ゴォ〜〜ン 名も無き山寺の鐘が鳴っている。

 

 雪もシンシンと降り積もる。

 

 ここ東洋の果て日本列島は、もう何年も続く全国的飢饉{ききん}の真っ只中。人々は耐えがたいほどの飢えと渇きに苦しみあえいでいた。

 

 このような惨状下にある日本列島の、また西の果て。九州の北端北九州村もまた、飢饉の例外ではなかった。ここでもやはり、人々は貧困と食糧不足の二重苦にもがき苦しんでいた。

 

 その地にてきょうもまた、どこかの長屋に住む家族が、貧しさからなる理不尽な仕打ちに、涙涙の日々を送っていた。

 

「ただいまぁ……☁」

 

 貧乏長屋のとある一軒。ボロボロの格子戸を開けて、黒一色からなる衣装を着た青年が、小さな声で帰宅した。なぜかその背中に『ギター』という名称の、西洋弦楽器を背負った格好で。

 

「お帰りなさぁ〜〜い……裕志{ひろし}さん……☁」

 

 迎える青年の妻もやはり、心なしか弱々しい声音をしていた。

 

「ああ……孝治{こうじ}……きょうも駄目やった……ばい☁ どこも不作と不漁続きで、作物も魚もいっちょも駄目やけねぇ☠ みんな腹ば空かせて困っちょうと……♋」

 

「……なしてこげな世の中になっちゃったとかいねぇ……ふぅ〜〜♋」

 

 夫――裕志と、妻――孝治(あれ?)のふたりして見上げる空の色は、どんよりと曇った鉛{なまり}色の雲。そこからボタン雪がチラホラと、ふたりの頭上に舞っていた。そんないかにもわびしい場面で無礼にも、ふたりだけの住まい(ボロい木造の掘っ建て小屋)に乱入する、いかつい野郎どものお出ましとなった。

 

「おうおうおう! 長きに渡って見事溜まりに溜まった借金の山! きょうこそきっちり耳をそろえて払ってもらおうじゃねえかよぉ!」

 

「あっ! 大門信太郎{だいもん しんたろう}の旦那さん!」

 

 声に振り返った裕志が、驚き顔で格子戸の前の土間から飛び上がった。

 

「そ、そげなぁ☂ きょうは持ち合わせがありませんのやけ、どうかあと、もう一日だけでも待ってくださいませ☃」

 

 また妻の孝治(?)も瞳を大きく開いて、野郎ども(総勢五人)の先頭に立つ、カイゼル髭がたくましい、騎士風の身なりをしている男にペコペコと頭を下げた。

 

「そ、そんとおりなんです! ですからどうかお願いいたします☃♋」

 

 裕志も同様に頭を下げた。妻の孝治の背中に隠れている姿勢が、なんだかとても情けないけれど。

 

 ところがカイゼル髭の旦那ときたら、情けも容赦もなしに怒鳴るだけ怒鳴りまくるだけ。

 

「しぇからしかぁ! その『待って待って👐』のセリフなんぞ、もう何十回も聞き飽きとうわい! 約束の金ができとらんっち言うとやったら、おまえが代わりに人身御供{ひとみごくう}にならんかい!」

 

「あ〜〜れぇ〜〜♋」

 

 あげくは嫌がる孝治の右手を強引に引っつかみ、自分と手下どもの元まで引っ張る乱暴狼藉ぶり。

 

「ああっ! 孝治ぃ〜〜っ!」

 

 裕志が泣き叫んだ――けれどこいつは、まったくの及び腰。ただただ土間に両手を付いてひざまずき、ひたすら土下座を繰り返すばかりでいた。

 

「お願えでございます、大門様! どうかぼくの恋女房ば連れて行かんでくださいましぃ! 孝治がおらんやったらぼくはもう、ひとりでは生きていけましぇ〜〜ん☂」

 

 しかしカイゼル髭こと大門とその取り巻き連中は、そんな裕志を見下し、へらへらとあざ笑うばかり。

 

「ふん☻ そげなん知ったことやなか☻ 勝手にくたばって骨になるがええわ☠」

 

「そうやそうや♪」

 

「ぎゃははははははははっ☠☠」

 

 ちなみに笑っている者は、砂津岳純{すなつ たけずみ}に井堀弘路{いぼり ひろみち}。それから和布刈秀正{めかり ひでまさ}や枝光正男{えだみつ まさお}たちの面々(?)。

 

 でもって、この面々の親分らしい大門が、大声で吼え立てたりする。

 

「ぐわっははははははっ! 女房ば取り戻したかったら、今すぐ貸しとう金ば耳をそろえて払えってんだよぉ☺ この腑抜けで甲斐性なしの魔術師風情がぁ☠」

 

 いつの世でも、貧富の格差は不条理なもの。富める者は貧しい者を人とは思わず、常にいやしい動物を見る目で蔑{さげす}むばかり。

 

「裕志さぁ〜〜ん☂」

 

「孝治ぃ〜〜っ☂」

 

「うわっははははははっ! 泣けぇ! わめけぇ!」

 

 愛し合うふたり(?)を引き裂く借金取り――大門一味の甲高い笑い声が、貧しい村の周辺に木霊する。

 

「ぐわっははははははははっ! この女、貧乏女房の割にはええ顔ばしちょるけん、どこぞの遊郭{ゆうかく}にでも売り飛ばせば、けっこうええ金の成る木になりそうだわい♡♥♡」

 

「待たんけぇ!」

 

「なにぃ!」

 

「誰やぁ!」

 

 このとき突如、悲劇の現場に響き渡る、根暗な画面を一瞬にして引き締めるような、若い男の凛とした怒声。


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