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『剣遊記Z』

第五章 美女とヒュドラーと白鳥と。

     (8)

「まっ、これでよかっちゃね♡ とにかく悪霊退治に成功したんやし、こんこつば市長に報告しとけば、あとは自動的に未来亭に成功報酬が振り込まれるとやけ……ってことで、これにて一件落着☀」

 

「ちょい待ち!」

 

 いろいろと愚痴ってはみたものの、気分を切り替えた孝治は、意気揚々と焼けた古城をあとにしようとした。ところがいきなり、中原が出発しようとした全員を引き止めた。

 

「なんね、忘れ物け?」

 

 なんとなく気勢を削がれた思いになって、孝治は苦虫気分で振り返った。すると中原は孝治に対し、何食わぬ顔で答えてくれた。

 

「これで帰る前に、君の絵の下描きがしたいとやけ♐ もうちょいおれに付き合ってくれんね✐」

 

 孝治は中原の言いたい話が、すぐにピンときた。だけど、あえてごまかした。

 

「うわっち? なんのことね?」

 

 しかし中原には通じなかった。

 

「とぼけんでもよかばい✑ さっき君自身が言うたろうが☛ なんでも頼みば聞くっち☞ やけんそれば果たしてもらいたいと✌ 君のヌード画ば描くことをやね✍」

 

「うわっちぃーーっ!」

 

 やはり安直なとぼけは無理だった。中原はしっかりと覚えていた。このとき中原には見えない涼子がこっそり、孝治の耳元でささやいてくれた。

 

『こげんなったら、もう観念するしかなかっちゃね☻ でないと、戦士の分際で嘘ば吐いたっちことになるっちゃけ☠』

 

「ぐっ!」

 

 思わずくちびるを噛む孝治には、涼子がわざとらしくささやく理由がわかっていた。恐らく――いや絶対に、中原に自分の肖像画の未完成部分を、早く描いてもらいたい一心なのだろう。

 

 恐るべき幽霊娘の執念といえるかも。

 

 ふと見れば、白鳥姿のままでいる美奈子までもが、再び孝治をジッと見つめ直していた。

 

「うわっち!」

 

 自分たちはすでに、中原から報酬――金のブレスレットを頂戴させてもらっている身である。しかしそれでもなお、孝治に約束の実行を催促しているのだ。

 

 この状況はどのように見ても、まさに四面楚歌そのもの。

 

 孝治はついにヤケッパチの気持ちとなり、大声でわめき散らした。

 

「わかったけ! 脱げばよかっちゃろうが! おれが脱げばやね!」

 

 それから中原に顔を向けた。

 

「そん代わりやねぇ、帰ったら涼子の絵……やなか☢ 少女の肖像画ば絶対完成させるっちゃぞ! よかっちゃね!」

 

「わかった、約束するけ♐ しかし君は、あの絵になんかこだわりでもあるとね?」

 

「理由は訊かんといてや! 訊いたらおれのヌードば描かせんけ!」

 

 中原の疑問は当然であろう。だけどまさか、すでに死んでいる絵のモデルの少女から催促されているとも言えず、孝治は思いっきり頭を横に振った。

 

 もっとも中原としては、孝治のヌードさえ描ければ、その他はどうでも良いようだった。孝治にこれ以上の追及をしなかった。

 

「まあ、よかばい♡ それよか絵にしたい風景は、ここに来る途中で目ぇ付けとうとこがあるけ、そこに行くったい✈」

 

 結果、今回の仕事の第二幕目――中原の大願成就が叶う展開と相成った。

 

 これにて余は満足じゃ――の中原を先頭に立て、心中カリカリしている者(孝治)。こちらも念願叶って、大いにうれしがっている者(涼子)。孝治を気の毒に思いつつ、ちょっとだけ楽しみにしている者(友美)。さらに災厄は孝治に押し付け、自分たちは報酬をちゃっかりといただき、心ウキウキな者たち(美奈子と千秋と千夏)。思惑はそれぞれバラバラ。このような勝手な思いを混ぜ合わせた一行が、中原が言う所の、良い風景がある場所へと向かう段取りになった。

 

 なお、こんなときになってどうでもよい話を思い出す役回りも、やはり孝治であった。

 

「あれ? そげん言うたら、もうひとりおったっちゃよねぇ……今回の仕事の付録が……☁」

 

「えっ? 誰やったやろっか?」

 

「ソレハボクノコトカナ?」

 

「うわっち!」

 

「きゃん!」

 

 孝治のつぶやきに友美が応えるよりも早く、当の本人がしゃしゃり出た。孝治と友美は息をそろえ、同時に一メートルのジャンプを、全員の前で披露した。

 

 それから地上に着地。孝治は怒鳴った。

 

「こ、こらあ! 徹哉ぁ! おまえ今までなんしよったとやぁ!」

 

 しかしいきなり口をはさんできた徹哉は、相変わらずのポーカーフェイスのままでいた。

 

「ボクハ別ニ、隠レンボモナニモシテナインダナ。黙ッテ静カニコノ世界ノでーた収集ニ務メテタンダナ。デモ皆サンノオカゲデ、タクサンノでーたヲ確保デキタンダナ。コレハトテモイイ勉強ニナッタンダナ」

 

「…………?」

 

 孝治は徹哉に怒鳴ったことを後悔した。なにしろ今もって、徹哉の言っている意味が、まったくもってわからないものだから。


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