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『剣遊記Z』

第五章 美女とヒュドラーと白鳥と。

     (5)

「うわっち?」

 

 孝治は思わず、裏返った声を出した。

 

 なぜならそこに、一羽の白鳥がいたからだ。

 

 それも冬になれば北のシベリアから飛んでくるオオハクチョウの類ではなく、公園や動物園などでよく飼われている、いわゆるコブハクチョウであった。

 

 同じ白に変わりはないのだが、きょうに限ってどういう風の吹き回しか。美奈子は白コブラではなく、優雅な白鳥に変身をしてくれたわけ。

 

 これはまったく予想外の出来事であったが、孝治にしてみれば、うれしい誤算とも言えた。

 

「……良かったぁ……美奈子さんもやっと、おれに気ぃばつかってくれるようになったっちゃねぇ……♡」

 

 などと安堵の息を吐く孝治の右隣りでは、友美も瞳を丸くしていた。

 

「……まあ確かに白鳥んほうが女ん子らしかやけどぉ……美奈子さん、なんか心境の変化でもあったっちゃろっか?」

 

「なんでもよかっちゃよ☆ コブラでないとやったら……♡」

 

 ずっと以前に孝治は、美奈子がコブラに変身する理由を、宗教上の教えからだと聞かされていた。

 

 あとで嘘だとわかったけど。

 

 ところがさらにそのあとで、友美が千夏から聞いた話だと、美奈子がどこかの動物園で飼われていた白いコブラを見て、その美しさに魅了されたからだと教えられていた。

 

 つまりコブラに厳粛な意味合いなど、初めっからなかったのだ。

 

「まあたぶん、またどっかで白鳥ば見て、今度はそっちの虜{とりこ}になったっちゃね☺」

 

「そうなんやろうねぇ〜〜☺」

 

 友美の推測に、孝治もうなずきで応じた。友美がさらに言葉を続けた。

 

「とにかくほとぼりが冷めたら、また美奈子さんか千秋ちゃんか千夏ちゃんに、白鳥に変身した理由ば訊いてみるっちゃね☎ でもほんとんこつ教えてくれるかどうか、わたしにもわからんちゃけど、大方美奈子さんの白色好きがほんとんところやろうねぇ☺」

 

 ここで中原も、初めて口を出してきた。

 

「ほう、初めて拝見させてもろうたばってん、これが変身魔術っちゅうもんけ✍ なるほどぉ、悪霊がこん術ばバリほしがるわけったいねぇ☻」

 

 これでも中原は、美奈子が裸でいる間は気をつかってか、彼女から目をそむけていた。しかし美奈子が白鳥に変身した様子を見て、改めて感心を向けたようである。

 

 その白鳥の優美な姿に中原が目と心を奪われているような感じを受けて、孝治はひと言付け加えてやりたい気になった。

 

(美奈子さんがコブラになった姿ば見たら、きっと気ぃ変わるっち思うっちゃけ☻)

 

 そんな思いは棚の上。とにかく変身さえすれば、美奈子が本当は裸の姿でいても(?)、孝治は平気な気分だった。またなんにしろ、きょうは殿方がふたりもいるのだ(孝治は殿方に含めていないようだ)。だからいつまでも、自分の裸身をお披露目しているわけにはいかないのだろう。

 

(やっぱ美奈子さんのほうが涼子よか、真面目に羞恥心っちゅうもんがあるっちゃねぇ☀)

 

 この思いも一応顔には出さないようにして、問題の涼子を横目で見つめながら、孝治はつまらない考えを頭の中で巡らせた。

 

「ほな師匠、服取ってくるで✈」

 

「千夏ちゃんも行きましゅですうぅぅぅ♡」

 

 これにてひと安心したのだろう。千秋と千夏の姉妹が、早速館の中へ戻ろうとした。従って彼女たちが帰ってくるまでの間だけ、美奈子は白鳥の姿でいれば良いわけだ。ところが館に入ろうとした寸前だった。千夏が甲高い驚きの声を上げた。

 

「ああん! 美奈子ちゃぁぁぁん! 大変さんですうぅぅぅ!」

 

 続いて千秋も叫んだ。

 

「師匠、エラいこっちゃでぇ! お城🏰が燃えようがなぁ!」

 

「うわっちぃーーっ!」

 

 孝治や友美たちも、姉妹の声に振り向いた。見れば館の窓という窓のすべてから、メラメラゴウゴウと炎と煙が噴き出していたからだ。


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