『剣遊記Z』 第五章 美女とヒュドラーと白鳥と。 (3) この一方で、孝治の頭に別の観点からも、ひとつの疑問が湧きあがった。
「ちょっと……ついでなんやけど、急に訊きたいことば思いついたっちゃけどぉ……?」
孝治の問いに涼子が、眉間に露骨なシワを寄せた。
『なんね? せっかく悪霊も消えたし、あたしん絵が大事ってことも再認識してくれたんやけ、万事めでたしめでたしってとこやのに☹』
孝治も負けじと――ではないが、眉間に露骨なシワを寄せた。
「それはもうわかったけ♨ それよか涼子がおれと友美ん前に初めて出てきたとき、自分が裸なんは服には魂がないからっち言いよったっちゃねぇ……?」
すると涼子は両腕を組み、瞳を上に向けて答えた。
『そうっちゃねぇ☁ でも、他んこつはすぐ忘れるっちゃに、そげなどげんでもよかっちゅうもんは、よう覚えとんのやねぇ☻』
上目から横目になった涼子のツッコミで、孝治はまたも、顔が赤くなる思いとなった。
「そ、そげなことより、おれが言いたかとは、どげんして涼子には服がなかっちゃのに、取蜂のやつはきちんと、魔術師の黒衣ば着とったかっちゅうことばい!」
『知らんちゃよ、そげなこと☠ 強いて言えば、あいつが悪霊であたしが善良な幽霊ってことの違いやなかっちゃね?』
「そげなもんけ?」
涼子の答えになっていない返答で、孝治は頭の中の疑問が、ますますふくらむような気になった。そこで質問の矛先を、方向転換。
「じゃ、じゃあ、言い方ば変えるっちゃけ♐ 涼子は生きとったときから、人前で裸になったことがあるとけ?」
『今度も変な質問ちゃねぇ☠』
などと言い返して口をとがらせつつ、涼子は昔を思い出すようにして答えてくれた。
『でも確かにそげなこつ、しょっちゅうやったちゃねぇ✈ あたしん家{ち}貴族やったけ、入浴んたんびにメイドさんがあたしん体ばよう洗ってくれたっちゃけねぇ✌ やけんあたし、それが当たり前っち思いよったけ、風呂から上がったあとも、裸で家ん中ばよう、うろうろ歩き回ったりしよったもんやけどね♪』
孝治は瞳が点の思いとなった。
「歩き回るっち……メイドさんたちがおる中をけ?」
『そうっちゃよ☺ それがどげんかしたと?』
「あ、いや……ようわかった♋」
涼子の回想で、孝治はなんとなくだが、今まで胸の一部にコビり付いていた疑問のひとつが、これにて解消された気持ちになった。
つまり涼子は、もともとからの育ちが良いので、雇い人であるメイドなどの人たちに自分の裸を見せても、まったく平気な性格になっているのだ。それが延長されているからこそ死後になっても(孝治と友美だけに限定しているが)、裸で街中を闊歩できる大胆さを身に付けたのかもしれない。
「よっくわかりましたっちゃ☻ 涼子が裸でいつもおられる理由っちゅうのが☛」
『あたしの裸もよかっちゃけど、あちらさんかて今んとこ裸ばい☞ あっちはどげんすっと?』
「えっ? あっ……うわっち! 忘れちょった!」
涼子が右手で指差した先には、今も真っ裸のままでいる美奈子が、体を丸めて地面にしゃがみ込んでいた。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |