『剣遊記Z』 第五章 美女とヒュドラーと白鳥と。 (2) 「霊が取り憑いとううちにそのモンば燃やせば、その霊もいっしょに消えるっちわけっちゃね✍ またひとつ勉強になったっちゃねぇ〜〜✌」
そんな風で、何気なくつぶやいた孝治の眼前だった。
『孝治っ!』
「うわっち!」
突然涼子が真正面から現われた。
「な、なんねえ!」
このとき、いきなりの驚き声を上げた孝治に、画材道具の片付けをしていた中原が、もろ不審の目を向けた。これも、もっともな話である。
「なんばしよっとね?」
孝治はそれを、愛想笑いでごまかした。
「……は、ははっ♡ な、なんでもなかっちゃですよ……じ、自分で自分の足ば踏んだだけっちゃけ……ほほっ♡ や、やけん、どうぞ気にせんといて……☻♋」
「まあ、気ぃつけや♠」
孝治の苦しい言い訳を聞いた中原は、本当にそれ以上はなにも気にしない素振り。また黙々と、道具を片付ける作業を続けてくれた。無論このあと、孝治は涼子に文句を垂れた。
「なん言いよんね! いつもかつも唐突に出たり現われたり繰り返してからにぃ!」
しかし涼子は聞く耳持たず。それどころか自己主張を前面に押し出した。
『孝治に言うておきたかと! 未来亭に置いちょうあたしの肖像画☞ もし店が火事にでもなったら、真っ先に持って逃げてほしかっちゃよ! あたし、消滅なんかしとうないっちゃけ!』
どうやら先ほどの孝治と中原の会話を、涼子が立ち聞きしていたらしい。そのうちに不安を感じてきたようで、自分の肖像画の安全保障を、孝治に言いたくてたまらなくなったのだろう。
「なんね、そげなことっちゃね☻」
孝治はそんな涼子の気持ちを、すぐに理解した。ふだんは鈍感を自覚している孝治も、今回は涼子の性質を知り尽くしていることが幸い。これは自分でも珍しいと言いたくなるほど、勘の良い話といえるのかも。
しかし孝治の生返事に、涼子はまだ不満たらたらのご様子。両方のほっぺたを、プクッとふくらませた。
『“そげなこと”ってなんねぇ! あたしにとっては死活問題っちゃよ!』
「もう死んじょるくせに……は置いちょいてやね、ほんなこつ緊急の事態にでもなったら、おれが必ず絵ば守ってやるけね✈ それと留守んときも、店長にくれぐれもよう言っとくけ☞」
『きっとっちゃよ✄』
これにて涼子は、一応の納得をしてくれたご様子。だが問題は、黒崎店長にいったいどのような説明をすれば、肖像画を守るようにしてもらえるのだろうか――に尽きるだろう。
実際孝治は、店長を説得できるような強力で抜群な説明方法が、どうしても頭に浮かばなかった。涼子の肖像画が未来亭の中において、いったいどれほど、みんなが大事に思ってくれているのかどうか。それがどうしてもわからないばかりに。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |