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『剣遊記Z』

第五章 美女とヒュドラーと白鳥と。

     (20)

『孝治ぃーーっ!』

 

 そんな不思議の胸中にいる孝治の所へ、涼子がまず飛んできた。そのあとから友美も走ってくる。

 

『やったっちゃねぇ♡ ヒュドラーば相手にして一歩も怯まんなんち、あたし孝治ば見直したばぁーーい♡』

 

「あ……あんがと……☁」

 

 孝治は苦笑いの思いで、はしゃぎまくりの涼子に応じるしかなかった。このようなベタ誉めで騒いでくれる前に、早く服と鎧を着たいのだけど。

 

 だけど無邪気にはしゃぐ涼子とは対照的。友美は少し悲しそうな面持ちをしていた。

 

「でもぉ……やっぱり可哀想ばいねぇ☂ わたしたちが水辺で騒がんかったら、あのヒュドラーかて出てこんでもよかったっちゃのにねぇ……☹☂」

 

「まあ、仕方んなかよ☹」

 

 孝治はヒュドラーを憐れんでいる友美に、慰めのつもりで言ってやった。

 

「おれかてやり過ぎっち思うっちゃけど……あいつかて腹が減って必死やったんやろうけねぇ♠ 話し合いができりゃあいっちゃんよかっちゃけど、それは無理な相談ってもんやけ✄」

 

『それはよかっちゃけど、それよか今回の手柄は、中原さんと美奈子さんっちゃね☆』

 

 ヒュドラーへの哀悼の意(?)を、孝治は表明した。ところがすぐに、涼子が話を別の方向に持っていった。

 

「うわっち? それっちどげんこと?」

 

 孝治は少しだけど立腹した。これに涼子はいつもながら、明け透けに言ってくれた。

 

『だって、石ば連投してヒュドラーば弱らせたんは中原さんやし、トドメの一撃は美奈子さんやろ☞ 孝治は再生できる首ば一本、ちょん斬っただけやない✄✄ はっきり言って、ヒュドラーに大したダメージば与えとらんのやけ☛』

 

「うわっち! ムカついた! 確かにおれの手柄は一本だけっちゃ♋ それもすぐに回復できるやつなんやけど、なんもせんかった徹哉よかマシやろうも!」

 

「それはなかっちゃよ♐ だって徹哉くんかて孝治のために、剣ば投げてくれたやない♡」

 

「それったい! そん徹哉んことで、ひとつ納得できんことがあると!」

 

 論戦に加わった友美のセリフで、孝治はたった今新たな疑問が、胸に湧き上がった。

 

「納得できんことって?」

 

『なんね、それ?』

 

 声をそろえる友美と涼子に向かって、孝治は当の徹哉には聞こえないよう、そっと小声でささやいた。これを幸いと称して良いのかどうかわからないのだが、徹哉は相変わらず目の焦点が合っていないような顔で、ボォっと湖を眺めていた。

 

「どげん考えたかて不思議なんやけど、徹哉んやつ、剣の素人としか思えんとに、やけに正確におれに剣ば投げ渡してくれたっちゃね♋ ふつう慣れんやつが剣ば投げたって、大抵方向違いんとこば飛んでってしまうもんやのにねぇ☠」

 

「う〜ん、そげん言えばそうっちゃねぇ☛☹」

 

『そげんことがあったとぉ……☈』

 

 友美と涼子も孝治の疑問に共感しかけたときだった。

 

「おい! 早よ服ば着らんねぇ! でないと置いてくばい!」

 

 出発をうながす中原の大きな声が、三人のひそひそ話を中断させた。

 

「うわっち!」

 

 中原に言われて気づいてみれば、美奈子(白鳥のまんま)たちはとっくに、出発の準備を終えていた。そのような中で、孝治ひとりだけだった。いまだにポツンと、ヌードモデルのままでいる者は。そうなると、忘れかけていた寒気が、急に全身に沁みてきた。

 

「ふぁ、ふぁぁっっくしょおおおおおおんんん!」

 

 ド派手な大くしゃみが、山間に遠くまで木霊した。これもまた、いつもの定番。

 

 お粗末!


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